
中原街道とは
中原街道は、現在、物流・生活道として、関東の主要地方道の一つです。
江戸時代、徳川家康によって、江戸城と平塚中原御殿との往還のために、東海道の脇往還として整備されました。
中原街道の名称由来は、「江戸城から中原御殿へ向かう道」によります。
しかし、このルートは古代より、東京中心部(北へつながる)と東海道(西へつながる)を結ぶ重要なルートでした。
『ホントに歩く中原街道』では、桜田門(虎ノ門)~中原御殿にとどまらず、古代からの西と東を結ぶ重要なルートと捉えて現地調査をしました。
『ホントに歩く中原街道』を発行します
詳細な解説の書籍と、1万分の1地形図に中原街道の旧道ルートを記載したウォークマップの2冊セットでの同時発行です。
書籍で「街道の物語」を読み、マップで「実際に現地を歩ける」ようにしました。
(おかげさまで、できあがりました。2026年2月19日)
中原街道の詳細解説本+地図(桜田門〜中原御殿〜大磯)

未知の道シリーズ5『ホントに歩く中原街道』
四六判/並製 本体2500円+税
https://www.fujinsha.co.jp/books/h/nakahara/9784910793146-2/
持ち歩きに便利なウォークマップ

ウォークマップ『ホントに歩く中原街道』
4分冊 両面2色刷印刷 折りたたみ式 本体1400円+税
https://www.fujinsha.co.jp/books/h/nakahara/9784910793153-2/
桜田門〜中原御殿〜大磯一里塚(66.1km)を1万分の1地形図と多くの現地写真で詳細案内
書籍『ホントに歩く中原街道』が元本
中原街道講座@平塚のご案内

<街道に物語を読む>中原街道を語る
(全3回講座+体験講座1回)2026年2月から開講予定です。
◇講師 風人社編集部
◇場所 カルチャープラザ平塚(平塚市天沼10-1 ららぽーと湘南平塚3階)
https://www.fujinsha.co.jp/251218sm-hira/
『ホントに歩く中原街道』新刊発行日誌

長らく準備を続けてきた『ホントに歩く中原街道』が、ようやく形になってきました。
発行までの間、内容の紹介や準備進捗状況などをランダムにメモします。
https://www.fujinsha.co.jp/category/kaido/nakahara
『ホントに歩く中原街道』への思い
中原街道は現在、主要地方道の一つですが、全国的に知られているわけではありません。私どもがここを歩く以前は、中原街道は拡幅・改修された区間が多く、旧道の面影もほぼない道路だと思っていました。人からは「地味な道をやるのですね」と言われました。「地味」とは、東海道や中山道のような列島の幹線道路でもなく、地方の短い区間の道で、歴史古道の魅力に乏しいという意味でしょう。
確かに、東海道の関宿や中山道の妻籠・馬籠のような風景はなく、その通りとも思います。しかし、 じつはこのルート(街道と名がつかなくても)の歴史は、東海道よりもずっと古く、列島交通路の一部区間として、とても重要性の高いことに気づきました。
徳川家康が整備した中原御殿までの江戸時代の中原道(中原街道)としてだけでなく、もっと見方を広げることで、中原街道歩きがとても魅力的なものになりました。
現地調査で、この道を何往復したことでしょう。編集部の現調の記録が、本書とマップに刻まれています。
中原街道は、東海道のようにたくさんのガイドブックや資料があるわけではありません。
私たちの現調での見聞き、発見は、本書のオリジナルですが、沿線の史跡などの解説には、資料からの引用・転載が数多くありますことをお許しください。資料元に対しては、深く感謝を申し上げます。
中原街道は、東海道のようにたくさんのガイドブックや資料があるわけではありません。
私たちの現調での見聞き、発見は、本書のオリジナルですが、沿線の史跡などの解説には、資料からの引用・転載が数多くありますことをお許しください。資料元に対しては、深く感謝を申し上げます。
私たちの大きな志は、中原街道の基本図書・定本づくりをめざしたいことでした。しかし、まだまだ調査不足、不備、誤認なども少なからずあることを恐れます。これから歩かれる読者・ユーザーのみなさまに、お気づきのところは、ぜひご教示いただきたくお願い申し上げます。
みなさまのお力添えでより価値ある本とマップを目指せれば、これほどの幸運はありません。どうか、よろしくお願い申し上げます。
(書籍『ホントに歩く中原街道』あとがきより抜粋)

