ウォークマップ
ホントに歩く中山道 第10集
洗馬〜和田峠<男女倉>(33.3km)
企画編集・制作・発行:風人社
仕様:4分冊 両面2色刷印刷 折りたたみ式
全コース縮尺1万分の1地形図と多くの現地写真で詳細案内
コース・史跡などの解説はマップごとに裏面掲載で、計40ページです。
価格:本体1180円+税
2020年12月8日発行
ISBN9784938643959 C0326
木曽谷を抜けた中山道は、松本盆地の南端・桔梗ヶ原を塩尻でかすめて、中央分水嶺の塩尻峠を越える。
さらに諏訪大社下社から、中山道最難路の和田峠を本集で越えるが、和田宿は第11集の収載。
全巻ご予約受付中です。割引有り。お問い合わせください。
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写真でたどる「ホントに歩く中山道」第10集→こちら
ホントに歩く中山道 第10集
No.37 洗馬〜塩尻(6.8㎞)
No.38 塩尻〜下諏訪(9㎞)
No.39 下諏訪〜樋橋(9.4㎞)
No.40 樋橋〜和田峠<男女倉>(8.1㎞)【コラム37】交通のへそ・塩尻
【コラム38】中央線塩嶺トンネルと「大八廻り」
【コラム39】諏訪大社の御柱祭
【コラム40】人類の歴史と和田峠の黒曜石【資料】天狗党和田嶺の戦い
中山道の主な峠と標高
地形で見る第10集の中山道★マップ№40(長和町部分)は、1万分の1地形図がないため、2万5千分の1地形図を拡大しています。
☆第10集のケース地図
諏訪大社下社の門前にある下諏訪宿。
甲州街道と中山道の合流点で、温泉もあり、賑わう。
下社春宮、秋宮、常夜燈をつなぐ三角形は一辺あたりが八丁=872mで、「三角八丁」という。
春宮〜常夜燈〜秋宮は、御柱祭の里曳きのルートでもある。
☆第10集のかんたん内容
本シリーズ「ホントに歩く中山道」は、京都三条大橋を起点に、終点・東京日本橋までの中山道69次の詳細マップとコースガイド・解説書です。
第10集は、中山道、善光寺街道(北国西街道)の追分がある洗馬宿から、和田峠越えまでをご案内します。
通過する宿場は、塩尻宿と下諏訪宿です。
前集の第9集は、宿場が6つもありましたが、10集は2つ。
これは、塩尻宿と下諏訪宿の間が11.5㎞、さらに下諏訪宿と和田宿との間は22.6㎞も離れていることによります。なぜこんなに離れているのか。
この長丁場の間にはそれぞれ、難所の峠があるからです。
塩尻峠1050mと和田峠1600mで、特に和田峠は中山道での最高標高地点でもあります。
現在の行政区分としては、塩尻市、岡谷市、諏訪郡下諏訪町、小県(ちいさがた)郡長和町を通ります。
①
洗馬から桔梗ヶ原を進むと、ブドウ畑が広がります。
荒れ地だった桔梗ヶ原で明治から始まったブドウ栽培ですが、今はワイン用、生食用ほか塩尻の名産になっています。
またブドウだけでなく、りんご、なし、などの農園も多く、秋は多くのフルーツ狩りの観光客で賑わいます。
ワイン醸造所も多く、塩尻市には17の醸造所(1つは高校)があります。
②
塩尻峠に向かい緩い坂を登っていく途中に、みどり湖PAがあります。トイレと食堂の利用が出来て助かります。
中央線の駅名にもなっているみどり湖は、昭和27年にできた農業用溜池です。なかなか降りる機会がないと思われるみどり湖駅ですが、中山道にはなかなか便利な駅です。昭和58年にできた割と新しい駅で、ホームに記念碑があります。
マップ(№38)では、みどり湖駅とみどり湖も載っています。
③
塩尻峠は、峠自体は展望がありませんが、北の展望台からは、諏訪湖はもちろん、富士山、日本アルプス、など360度の好展望があります。
塩尻峠を越えると岡谷市で、下諏訪宿へ向かって降っていきます。
間の宿今井茶屋本陣の薬医門と松が見事です。
④
下諏訪宿は温泉がある、中山道でも珍しい宿場です。
甲州街道との合流点でもあり、賑わっていました。
今も温泉街があり、また日帰り温泉も多く、気軽に温泉を楽しむことができます。
また、岩波本陣は、今も28代目当主が住まわれ、貴重な遺構を公開しています。
多くの関札(誰が休泊しているか知らせるための札)を保存されていますが、大名の名前の最後に書かれる「休」「泊」の文字に比べ「寓」が多いそうです。(その理由は、マップ№39をご覧ください)
⑤
下諏訪は、諏訪大社下社の門前町で、秋宮と春宮があります。(コラム№39で諏訪大社と御柱祭を収載しました)
中山道は、宿を出ると下社春宮の横を通って、難所の和田峠を目指します。
途中、御柱祭で最も有名な木落し坂の上を通ります。下が見えないくらい垂直に近い急角度の坂です。
木落し体験は、諏訪大社春宮近くの「おんばしら館よいさ」がおすすめです。
国道142号線を進み、間の宿「樋橋(とよはし)」につきます。標高1000m。ここまでは下諏訪からバスがあります。
⑥
樋橋から、和田峠までは約5キロ。途中、幕末、水戸天狗党と高島・松本藩が戦った和田嶺の戦いで亡くなった水戸浪士の墓があります。(№40資料「天狗党和田嶺の戦い」では、天狗党が水戸から京を目指し、金沢で降伏するまでの進軍ルートを紹介しています)
歩道の狭い国道を途中から山道に入り、高度をどんどん上げていきます。
七曲がりの急登を経て、和田峠1600mにつきます。西に御嶽山、東は富士山が、天気がよければ見えます。
和田峠付近は黒曜石の産地で、日本各地へ和田峠の黒曜石が広まっていったことに驚きます(コラム№40「人類の歴史と和田峠の黒曜石」参照)。
和田峠が、下諏訪町と長和町の境で、長和町側の坂は多少緩やかです。
⑦
和田峠越えには、東餅屋という立場があり、江戸時代から餅が名物で、中山道が国道になってからも力餅を出すドライブインがありましたが、今は廃業しています。
接待茶屋という茅葺きの立派な建物は、過酷な和田峠越えの旅人や馬をサポートする施行所でした。嘉永5年に再建された建物は、国指定史跡です。
間もなく、男女倉口で、山を出ます。
上田方面へ行くバスがありますが、本数が少ないので、事前に調べて行きましょう。
次の第11集(和田峠<男女倉>〜塩名田)で、和田宿はご案内いたします(2021年2月発行予定)
塩尻宿
三州街道、五千石街道など多くの街道が通る塩尻は交通の要衝だった。今も多くの国道が通り、宿場は激しい交通にさらされている。
明治15年の大火を逃れた「旅籠いてふや」や「堀内家住宅」が残る。
B級グルメ「山賊焼」発祥地。
下諏訪宿
諏訪大社下社の門前町であるとともに、温泉がある宿場としても有名。本陣・問屋場があったところが綿の湯。
塩羊羹やオルゴールが名物。
和田峠
写真でたどる「ホントに歩く中山道」第10集
スライドショーで自動的に画像が変わりますが、右下の◁▷で手動操作できます。
ぜひ『ホントに歩く中山道 第10集』(洗馬〜和田峠<男女倉>)を歩いてください!