総合出版・編集プロダクション「ホントに歩く」東海道・中山道
投稿記事

社長雑記

現調 東海道「平塚〜大磯」2012年12月23日(日)

江戸時代の平塚の中心部は今の駅前繁華街よりずっと西にありました。現在の繁華街は、JR平塚駅への人口集中によってこちらが発展して、街の中心部が移動したのですね。

大磯 そば屋 車屋

薩埵峠・津波高潮避難路

薩埵峠を興津へ向かうとき、墓地の前を過ぎて十字路に来ると、道標があって、右も左も「興津駅へ」の表示があります。

薩埵峠 避難路経路2

「左富士」と江戸時代の中吉原宿

左富士とは、東海道を江戸から京へ向かうとき、普通は富士山は進行方向右手に見えているが、それが左に見えるところが2か所あって、その珍しさを言うものだ。その2か所は……

東海道 吉原 左富士

地図と地形図 街道歩きの読図の楽しみ

地形図は平面で二次元の表現ですが、等高線によって、標高、傾斜、凹凸が読図できます。つまり、三次元空間を読みとれるのです。

明治時代の地形図(秦野)

街道マップは郷土本

ウォークマップ「ホントに歩く東海道」は、全体の構成計画を綿密に立てることもせず、まず「歩きながら考える」で、出発しました。

東海道 髭茶屋追分。京都53次(右)と大阪57次(左)への分岐点

葉隠塚と江戸時代の事件

今井公園北の愛鷹神社横道に「葉隠塚0.2km」の道標を見た。オヤっと首をかしげる。

富士市の葉隠塚標識

東海道「原宿〜元吉原」

現調備忘録メモ。連休の真ん中の日曜日、早朝に家を出て、新幹線代をケチって私鉄・在来線を乗り継ぎ、JR東海道線原駅に降り立った。

東海道原宿 高嶋酒造が提供する富士の霊水

沼津市原の「要石神社」

「私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ」というジャン・コクトーの詩(堀口大学訳)をふと思い出した。

東海道 沼津 要石神社

沼津の三枚橋を知ってますか?

現在の1万分の1市街地図の昭文社版にもゼンリン版にも、国土地理院の地形図にも、この橋名の記載はない。

広重 東海道53次 沼津

国府津駅と御殿場線

「国府津から曽我山の裾を北上して松田へ至り、酒匂川沿いに山北へ、そこから箱根外輪山と丹沢山塊との間を縫って小山~御殿場と上り、そこから富士山麓を裾野から沼津へと一挙に下る」

国府津駅前の開業100年記念のレリーフ

大津〜山科(ホントに歩く東海道マップ現調)その3 山科へ

「かねよ」から少し旧道を歩くと、車石が数か所に置かれているのを見ました。車石は牛車が通行しやすいように敷かれた石だそうです。

東海道53次と57次の山科(髭茶屋)追分
かねよのお弁当

東海道「大津~山科」を歩く(「ホントに歩く東海道」現地調査メモ) その1

京都・蹴上からの三条通は、私の子どものころは、国道1号と言っていました。今は府道で、通称は三条通だそうです。

重箱堀 「ホントに歩くウォークマップ」の特色 その1

東海道のガイドブックは、今までに多種、出版されていますが、東海道の本の中で、この重箱堀について触れた本はまずないと思います。

ホントに歩く東海道 第1集 map№1 №22 重箱堀

新婚旅行で日本に行った彼女

東海道とは関係ない話題です。 ただ、東海道の現調で、大磯の現地調査のとき、エリザベス・サンダースホームに寄ってみました。

澤田美喜記念館
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