2023年のジョン・フォード没後50年に合わせ、ジョン・フォード関連の話題が多くなってきています。『ジョン・フォードを知らないなんて』(2010年、風人社)の著者、熱海鋼一さんにその魅力を語っていただきました。

今回は、その第7回目です。
※赤字「」は映画作品名

熱海鋼一 ジョン・ウェイン

ジョン・フォード復活7 フォードの女性像「荒野の女たち」・・・・Etc

フォードと言えば西部劇で男性物が得意で、女性は苦手というのが通説でした。しかし、遺作となった「荒野の女たち・Seven Women」は、中国の辺境地にある伝道所の女性たちの物語。「アメリカでは評判は悪かったが、ヨーロッパではセンセイションを起こした」と。フォードは誇らしげにボグドナビッチに語っている。「ミツバチのささやき」で有名なピクトル・エリセ監督は、フォードの最高傑作と讃えている。遺作が女性映画とは逆説的に、いかにも一徹なフォードらしい。

「荒野の女たち」
「荒野の女たち」


フォード映画の女性というと、スタインベックの「怒りの葡萄」を母物ママ・ジョードの物語にしてしまうような強烈な母性を思い起こすが、まず紹介しなくてはならないのがモーリン・オハラだろう。「リオグランデの砦」で南部の凛々しい女性、「長い灰色の線」でアイルランドから嫁いだ律儀な女性など主役女優として、フォード作品最多の5本に出演している。

フォードとの出会いは「我が谷は緑なりき」、ウエルズの炭鉱町を舞台にまさにフォード的な家族の絆と幸せが描かれるが、炭鉱側の搾取に対抗しストが始まると、家族が離散し崩壊してゆく。美しい心情と哀愁が感傷的に描かれていて、ファンが多い作品だ。作品賞、監督賞など5つのアカデミー賞を得ているが、同年封切りのフォードを尊敬するオーソン・ウェルズの傑作「市民ケーン」は、ノミネートで競いあったが、脚本賞だけだった。今の評価は真逆、賞はまたその時代の風潮を映している。

モーリン・オハラ「我が谷は緑なりき」「静かなる男」
モーリン・オハラ「我が谷は緑なりき」「静かなる男」

モーリン・オハラは、その家族の長女を逞しく演じ、実に美しい。牧師に秘めた恋を抱き、ついに愛を告白するが、牧師は「赤貧の生活を貴女に強いることは出来ない」と断る、実は愛しているいるのに。歯車は狂い、オハラは炭鉱主の息子に見初められて結婚するのだが、金持ちの生活に合わず孤独に追い込まれる。その結婚式でオハラのベールが逆さに立ち、馬車で去ると、そのロングにぽつんと牧師がいる。オハラの残した無念のオーラが漂う中、彼の屈折した心情を映し出し、まるでアップで見た様な印象を作り上げる。

フォードは、オハラがアイリッシュであることと、その凛とした佇まいが気に入ったのだろう。二人の最高作はなんと言っても「静かなる男」だ。この項2で記したが、ジョン・ウエインと堂々と渡り合い、気位が高いジャジャ馬を演じ、アイルランド女性の意地を見せた。その名は、メアリー・ケイト・ダナハー。メアリーはフォードの妻の名、ケイトはキャサリンの愛称、実はかつて恋の逃避行でフォードが浮名を流した相手、女優キャサリン・ヘップバーンの名だ。

フォード41歳、キャサリン29歳。「メアリー オブ スコットランド」は、エリザベス女王と争うメアリー王妃を、すでに大女優の片鱗を見せていたキャサリン・ヘップバーンが演じた。気が強く、我が儘なキャサリンは、撮影現場でフォードの物まねをしたり、演技の面でも両者の喧嘩は絶えなかったが、いつしか二人は恋に落ちた、と孫のダン・フォードが書いている。

キャサリン「スコットランドのメアリ」
キャサリン・ヘップバーン「メアリー オブ スコットランド」

フォードは珍しく、輝くように美しい彼女のクローズアップを数多く撮っている。カール・ドライエルの美と苦悩を描く、とてつもない傑作「裁かるるジャンヌ」のジャンヌ・ダルクのアップの様にだ。当時、フォードにありがちだったのは、島ごと海に消えてしまうド肝を抜く「ハリケーン」の時のように、ロケ後にプロデューサー命令でヒロインのアップをセットで撮り足したりすることだった。

断っておくが、フォードは男優でも同様にアップは少なく、その人のミドルショツトやロングでアップの効果を表現している。クローズアップは物語上必要最小限に抑える。これがフォードタッチの基本だと思う。プロデューサーが女優のアップを要求するのは、観客に媚びを売るためと言っていい。
ラストの断頭台への13階段をメアリー妃が上るシーンは、照明・撮影・音響が緊迫し、死に向かうキャサリンの誇り高い堂々たる演技と呼応し、フォード渾身の演出、すべてをキャサリンに託したような高揚感に満ちている。しかもこの決め技のシーンにアップはない。

撮影後、二人は逃避行を続けるが、フォードは妻子がいる身、結局別れることになる。その間を、孫は「フォードが過ごした最も幸せな時間だった」と記している。フォードが死を迎える時、キャサリンは一週間ベッドの横に寄り添ったという。

ちなみに、キャサリン・ヘップバーンは主演女優のアカデミー賞を4度獲得し、ジョン・フォードも監督賞を4度獲得、この両者の記録は今も破られていない。

「モガンボ」
「モガンボ」

フォードが女性を描くことが苦手でないことを如実に示した映画がある。「モガンボ」である。かつてハリウッドに君臨した男優クラーク・ゲーブルが主演の男性もの、アフリカロケの狩猟映画だ。当時アフリカは、現地の動物が出るだけで客寄せになった。今回は、ドラマ初登場のゴリラ狩りが売り。フォードは「アフリカに行きたかっただけ」と、この映画を引き受けた理由を語っている。しかし出来上がった映画の魅力は、ゲーブルが二股をかけた女性二人にあった。二人ともアカデミー助演女優賞にノミネートされる魅力を発揮した。

グレース・ケリーはまだ新人。本人の自伝ではフォードは特別なことはしなかったと語っているが、彼女の気が強い性格をフォードは、彼女に気付かれないように巧みに生かしたのだ。この後、ヒッチコックの「裏窓」などで人気を博し、モナコ王に見初められ王妃へ、シンデレラ物語を地で行った。

エヴァ・ガードナーは、「ショーボート」「裸足の伯爵夫人」など妖艶を売りにする女優。彼女はニューヨークからやって来たショウ・ガール。生け捕ったサイの子供を見て、「カンガルー?」と言うほどアフリカにそぐわないが、狩猟隊となぜか行動を共にすることとなり、女たらしの隊長ゲーブルに惚れてしまう。ケリーも、主人の動物学者をすっぽかして彼に惚れてしまう。その三角関係の中で、ガードナーは気丈だが繊細な女心を実に可愛らしく演じる。しかもセクシー。こんな大人の女性がいたら、惚れてしまう。ガードナーが魅せた他の映画に見られないナイーブな愛らしさは、フォードが引き出したものだろう。
ちなみに、ラストカットのゲーブルとガードナーのキスシーンは、大河をバックにした大ロングである。

遺作「荒野の女たち」に話を戻そう。1935年、中国モンゴルの辺境にある伝道所に集まった7人の女性たち、院長は教条主義でレズ、君臨している。そこへ医者が着任するが、タバコは吸う酒は飲む、規律などどこ吹く風の気風の良い女医。演じるのはアン・バンクロフト、「卒業」で若者(ダスティン・ホフマン)をたぶらかす人妻の濃厚な魅力で魅せたが、ここでは命を張る芯の強い女医カートライトをパワフルに演じ、正しさとはなにかを問う。

「荒野の女たち」ラスト
「荒野の女たち」ラスト

辺境の地は馬賊が暴れ回り、危機に瀕している。伝導所には村人たちが逃げ込んでくる。コレラが蔓延、その処置に追われる中、子供たちには教育を施す。軍隊は逃げ、ついにトンガ・カーンひきいる馬賊が乗り込んでくる。村人はレイプされ、子供も含め全員虐殺される。銃の音と村人の悲鳴で表現されるが、フォードの映画でも最もシビアなシーンだ。今なら目を背けるような残虐なシーンが描写されるだろう。

倉庫に監禁された7人の女たちの絶望、女医は覚悟する、絶体絶命の女たちをここから逃すことを。それには唯一の方法、トンガ・カーンの妾になるしか道はない。死を賭す決断のいさぎよさは、まさにフォードが好んで描く女のプライドだ。女医カートライトは、女たちの馬車が無事出立したのを見届け、着物風の衣装を身に着け、隊長カーンと契りの祝杯をあげる。まさに一瞬で起こる最後。フォードの遺作のラストカットが自爆とは。

フォードが抱く犠牲の崇高さが目に焼き付く瞬間に、画面は暗転して終わる。

熱海鋼一記 

熱海鋼一(あつみ・こういち)

1939年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。映画・テレビのドキュメンタリー編集・フリー。 「The Art of Killing 永遠なる武道」(マイアミ国際映画祭最優秀編集賞)、「矢沢永吉RUN & RUN」「E. YAZAWA ROCK」、「奈緒ちゃん」(文化庁優秀映画賞・毎日映画コンクール賞)、「浩は碧い空を見た」(国際赤十字賞)また「開高健モンゴル・巨大魚シリーズ」(郵政大臣賞、ギャラクシー賞)、「くじらびと」(日本映画批評家大賞)、ネイチャリング、ノンフィクション、BS・HD特集など、民放各局とNHKで数多くの受賞作品を手がける。

twitter(熱海 鋼一) @QxOVOr1ASOynX8n

今回のお話は、『ジョン・フォードを知らないなんて』第15章 「いつか・・・」の終焉「荒野の女たち」、第10章 人生のまどい「モガンボ」「長い灰色の線」、第5章 アメリカ−フォードの栄光 「怒りの葡萄」「わが谷は緑なりき」などに詳しい記述があります。

熱海鋼一著『ジョン・フォードを知らないなんて シネマとアメリカと20世紀』(2010年、風人社、3000円+税)

もくじ
https://www.fujinsha.co.jp/hontoni/wp-content/uploads/2017/07/fordmokuji.pdf

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