2023年のジョン・フォード没後50年に合わせ、ジョン・フォード関連の話題が多くなってきています。『ジョン・フォードを知らないなんて』(2010年、風人社)の著者、熱海鋼一さんにその魅力を語っていただきました。

今回は、その第2回目です。
※赤字「」は映画作品名

熱海鋼一 ジョン・ウェイン

ジョン・フォード復活2 「静かなる男」

アメリカを体現したジョン・フォードは、アイルランドからの移民の子で、アイリッシュ色が濃いことでも知られた。若き日に、独立運動盛んな母国アイルランドを訪れるなどして応援していた。
「男の敵」「静かなる男」「月の出の脱走」等は、アイルランドを舞台にしている。中でも「静かなる男」は多くの人に愛され、今なおアイルランドのロケ地コングは観光資源になっていて、映画の中でたびたび登場したバーなどは、そのまま残っているそうだ。
映画の舞台イニスフリーは、詩人イエーツがアイルランドの貧しいが平和な理想郷と詠った「イニスフリー(湖島)」から名を頂いた架空の町だ。フォードの故郷への想いと愛が溢れる街に描かれた。その詩は、イーストウッドが監督を務めた「ミリオンダラー・ベビー」の中でゲール語で朗読されている。イーストウッド自身も、主人公である女性ボクサーも、アイルランド移民の血を引いている貧しい家の出だ。そのシーンに僕はいたく感動した。
イーストウッドもまた、フォードの大ファンなのだ。

静かなる男

「静かなる男」は、フォードとしては珍しいラブストーリーだ。映画が始まって間もなく、男ジョン・ウェインと女モーリン・オハラが出会う一目ぼれの一瞬。アメリカから帰国した男(ウェイン)はタバコを吸おうと樹間から前方を見る、その牧場に羊を追う赤いスカートの女、遠くにいるのに気が飛び交い、目が合う。この切り返しで二人の運命が決まるストレートな描写は、まさにフォード。
そしてファーストキス。男が買い戻した母の家を訪ねると、掃除された気配、男は窓にむかって石を投げ怒鳴る。慌てた女が逃げようとする。男は女の腕を掴んで逆ひねりでたぐり寄せキスをする。スピルバーグ作品の「E.T.」で異星人がそのシーンをテレビで見て驚くという名シーンだ。
様々な古い因習がからみ、有名なラスト10分へ。じゃじゃ馬慣らしと殴り合いが延々と続き大団円。まさにフォードしか描けない、のどかで激しい愛の物語だ。

忘れてはならないのが、郷愁の滲み出るバーのシーンだ。飲んでは語りあい、民謡を歌う。フォード映画でよく見かけるシーンだ。お客はたとえ貧しくても屈託がなく、人情に溢れ、そのくせ頑固でプライドが高い大酒飲み、まさにアイリッシュ。「男の敵」は、そんな一人のアイリッシュの悲劇だ。
フォードは「男の敵」で、初のアカデミー監督賞を受賞している。主人公ジポは、愛する娼婦ケイティ―とアメリカへ移民しよう(アメリカへ移民するのに一人10ポンド掛かる)と思い立ち、アイルランドの独立運動で共に戦ったが、今やお尋ね者になった仲間の賞金20ポンド欲しさに彼をイギリス軍に密告してしまう。
情に弱く、見栄っ張りで、大酒飲みで暴れん坊のジポ。一瞬の気の迷いが彼を裏切者にしてしまう。演ずるヴィクター・マクラゲレーンは「騎兵隊三部作」ではジポと真逆の陽気なアイリッシュを演じ、大暴れする。しかも「静かなる男」では、ウェインの殴り合いの相手だ。ちなみに「静かなる男」は、フォードが4度目のアカデミー監督賞を受賞し、その回数は未だ破られていない。

男の敵 the Informer

一方、アメリカに移民を果たしたマーティー・マーの物語「長い灰色の線」は、ウェストポイントの陸軍士官学校に就職し、皿洗いから体育教官になり、50年も務めた実話だ。彼の一本気で一途な性格は、まさに「バーに集まる仲間の一人だ」。喧嘩早いのが認められた成功者だ。
そして「月の出の脱走」短編3話のラストを飾る「1921」。アイルランド独立戦争の主要リーダーが警察から脱走、それを取り締まる警官がサブ主人公。彼は真面目に犯人を捕らえようとするが、愛妻などにほだされアイリッシュ魂が芽生え、脱走者を見て見ぬふりをして月明りに照らされた海に逃す。彼もまた「バーで一杯やる男」なのだ。なんとも微笑ましく滋味あふれる名品。この主題曲は僕は大好きで、「男の敵」にも闘う英雄のテーマとして出て来る。

月の出の脱走

フォード映画の根っこには、彼ら名もなき貧しい人たちの優しい情と正義感溢れるプライドがあり、彼ら弱者の視点をフォードは作品で貫いた。

熱海鋼一記

熱海鋼一(あつみ・こういち)

1939年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。映画・テレビのドキュメンタリー編集・フリー。 「The Art of Killing 永遠なる武道」(マイアミ国際映画祭最優秀編集賞)、「矢沢永吉RUN & RUN」「E. YAZAWA ROCK」、「奈緒ちゃん」(文化庁優秀映画賞・毎日映画コンクール賞)、「浩は碧い空を見た」(国際赤十字賞)また「開高健モンゴル・巨大魚シリーズ」(郵政大臣賞、ギャラクシー賞)、「くじらびと」(日本映画批評家大賞)、ネイチャリング、ノンフィクション、BS・HD特集など、民放各局とNHKで数多くの受賞作品を手がける。

twitter(熱海 鋼一) @QxOVOr1ASOynX8n

※今回のお話は、『ジョン・フォードを知らないなんて』第9章 1.初めての恋愛映画「静かなる男」2.アイルランドへの心(p.300-316)などに詳しい記述があります。

熱海鉱一著『ジョン・フォードを知らないなんて シネマとアメリカと20世紀』(2010年、風人社、3000円+税)

もくじ
https://www.fujinsha.co.jp/hontoni/wp-content/uploads/2017/07/fordmokuji.pdf

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