2023年のジョン・フォード没後50年に合わせ、ジョン・フォード関連の話題が多くなってきています。『ジョン・フォードを知らないなんて』(2010年、風人社)の著者、熱海鋼一さんにその魅力を語っていただきました。

今回は、その第4回目です。
※赤字「」は映画作品名

熱海鋼一 ジョン・ウェイン

ジョン・フォード復活4 「駅馬車」・ジョン・ウエイン

駅馬車は映画史に輝く西部劇、不朽の名作だ。モニュメントバレーを様々な人生を乗せた駅馬車が走る。保安官と御者に6人の客、妊娠した騎兵隊長の妻、銀行頭取、詐欺師、酒売り商人。さらに街を追われた根は正直な酔いどれ医者と凛々しい娼婦、この二人がフォードの反骨精神を体現する。駅馬車が突然止まる、片手で銃を振り上げる若者、カメラは全身から顔のアップへと激しく迫る、脱獄囚リンゴ・キッド、ジョン・ウエインだ。颯爽とした登場、なんの偏見もなく娼婦を見る初々しい眼差しや若々しい動き。B級西部劇専門だった二流役者ウエインをフォードは一級にするため、綿密な計算を随所に施した。ラスト、脱獄囚なのに、娼婦と共に新天地へ保安官と酔いどれ医者が送り出す痛快は、まさにフォードが巷の偏見を吹き飛ばしたからだ。

しかし、なんと言ってもこの映画を有名にしたのは、アパッチ族の駅馬車追撃のシーンだ。疾走する馬上で銃に弾を込め、果敢に馬もろとも大地に転倒する、インディアンの豪快な姿が凄い。中でも駅馬車を牽引する6頭立ての馬に乗り移ったインディアンが撃ち落とされ、馬車の下をくぐり抜ける命がけの役を演じたのは、ヤキマ・カナットというスタントマン、彼は後にベン・ハーの有名な戦車競争シーンの演出を全面的に任された。

駅馬車のこのアクションシーンは世界に衝撃を走らせ、今なお駅馬車のように走り続ける映画が生まれている。その筆頭はマッドマックス2怒りのデス・ロードだ。映画は走りっぱなしだ。フォードはある映画評論家に尋ねられる。“なぜインディアンは馬車を引く馬を撃たないのか?”“そんなことしたら映画が終わってしまうじゃないか”まさに名言。ルイス・ブニュエルも言っているが、映画の見事なご都合主義こそ映画の魅力の核心なのだ。

フォードは西部劇作家とよく言われるが、「駅馬車」は13年ぶりに作られた西部劇だった。登場人物に命を吹き込み、インディアン襲撃後に1対3の決闘シーンを加え、やがてアメリカの原風景の象徴となるフォードテリトリー、モニュメントバレーで初めてのロケを行い、鮮烈な印象を残した。フォードは、B級C級に貶められていた西部劇の名誉挽回も目指したと言う。

彼の無声映画の8割方は西部劇で、ハリー・ケリーと組んだ35本はフォードの基礎を築きいた。29歳の時アイアンホースに、アメリカ横断鉄道の建設を描く大作に着手。鉄路と共に町が生まれる姿が活写され、インディアンの襲撃シーンは、フォード映画のなかでも最も激しいもので、列車に映る迫り来る一群の影や力感が溢れる。その後に作った三悪人は、男気と情緒的なフォードタッチが随所に見られる。気のいいお尋ね者三人組が若いカップルを守る為、地主と組む極悪人らと闘う話でフォードの中でも最も獰猛なシーンのあるスケールが大きい作品だ。土地争奪レースの大ロングの壮観さと地に落ちた赤子を一瞬に救うなど、見せ場もたっぷりだ。トム・クルーズの遥かなる大地のクライマックスより凄まじい。

フォードは、この二本の大作で開拓の勇気と裏切り、困難と希望を描き、これを端緒に、後にアメリカを描く作家と言われるようになる。

「駅馬車」で名を上げたジョン・ウエインを名実ともに不動にしたのは、フォード作品で言えば騎兵隊三部作だろう。これまでも紹介してきたアパッチ砦は、騎兵隊を全滅させる司令官(ヘンリー・フォンダ)の部下だがインディアンに友好的で理解がある正義感溢れる役。続いてモニュメントバレーが実に美しい黄色いリボンでは、騎兵隊一筋に生きた男が退役を迎える姿を滋味豊かに演じた。ハワード・ホークスの赤い河でのウエインの凄みのある老獪な演技を見て、フォードは優しい老兵を演じさせた。三作目、フォードがリラックスして作ったリオグランデの砦は、アクションも多く楽しめるが、ウエインは妻(モーリン・オハラ)と離婚寸前にある大尉役で、息子をからめて夫婦愛の機微を描いた。次に撮るフォード初のラブロマンス静かなる男この項2で紹介)の準備の様にも見える。しかし、内容的には、一作目はインディアンの存在を正当化したが、次作では彼らの領土を奪うのは当然となり、三作目では国境を越えてインディアンを征伐するという、次第に強国アメリカの謳歌色が強くなった。

この頃、ジョン・ウエインは、ハリウッドスターの稼ぎのトップを競うまでに成長し、強いアメリカを象徴する偶像と言われ、今なおそれは変わらない。しかも、実生活ではタカ派を主張してやまなかった。彼がそうなった根には、第二次世界大戦で軍に志願しなかったコンプレックスがあるのではと思う。

フォードは情報局の撮影を仕切りミッドウエイ海戦(アカデミー受賞)を撮り、かのノルマンディ上陸にも立ち会っている。その時の司令官ブラッドレイの沈着さにほれ込んだそうだ。一方ウエインは多くの有名な役者が参戦する中、ハリウッドに残り戦意高揚の戦争映画に出続けた。実戦には行かなかったことが、マッチョの心の弱みとなったが、それは胸中に閉じ込めた。

フォードは、アメリカの戦勝間近にコレヒドール戦記を撮る。ブラッドレイの若い頃のフィリピン戦線での敗北を描く。サムエル・フラーは最前線物語で、オリバー・ストーンはプラトーンで自分の戦争体験をもとに戦場の無残を描いたが、フォードはフィリピンで日本軍の侵攻に敗走する兵士たちの大義ある犠牲を描いた。原題はThey Were Expendable(彼らは消耗品だった)。Theyは、闘う兵士たちであり、彼らが日本軍相手に戦った高速魚雷艇でもあり暗示的だ。ウエインは、戦功にはやりながらも、やがて大義を知る役を真摯に演じた。この大戦がいかに多くの犠牲の上に成り立ったか、静謐な情感が漂う戦争映画だ。

このシナリオを書いたフランク・ウイードはフォードの盟友で、後に彼の破天荒な海軍での人生は荒鷲の翼に描かれることになる。演じたのはウエイン。海軍の暴れん坊、結婚するが軍一筋で家へ帰らず離婚寸前、ようやく家に帰ると階段から転げ落ち全身麻痺、不屈の闘病の末再び軍に復帰する。ウエインは、スクリーンに映るだけで圧倒的な存在感を示す大スターとなり、難役を貫禄で見せた。仕事師フォードが、自身の人生を主人公にダブらせているのが垣間見え、興味深い。 この後ジョン・ウエインは、フォードが捜索者で達する高みへと、歩みをともにすることになる。

熱海鋼一記

熱海鋼一(あつみ・こういち)
1939年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。映画・テレビのドキュメンタリー編集・フリー。 「The Art of Killing 永遠なる武道」(マイアミ国際映画祭最優秀編集賞)、「矢沢永吉RUN & RUN」「E. YAZAWA ROCK」、「奈緒ちゃん」(文化庁優秀映画賞・毎日映画コンクール賞)、「浩は碧い空を見た」(国際赤十字賞)また「開高健モンゴル・巨大魚シリーズ」(郵政大臣賞、ギャラクシー賞)、「くじらびと」(日本映画批評家大賞)、ネイチャリング、ノンフィクション、BS・HD特集など、民放各局とNHKで数多くの受賞作品を手がける。

twitter(熱海 鋼一) @QxOVOr1ASOynX8n

※今回のお話は、『ジョン・フォードを知らないなんて』第3章 西部ーフロンティアへの信望、第4章 職人ー「駅馬車」に至る長い道のり、第6章 信義ー犠牲と栄誉、などに詳しい記述があります。

熱海鋼一著『ジョン・フォードを知らないなんて シネマとアメリカと20世紀』(2010年、風人社、3000円+税)

もくじ
https://www.fujinsha.co.jp/hontoni/wp-content/uploads/2017/07/fordmokuji.pdf

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