スケッチ紀行1日目/その3
思わぬ出会いも
みなさん、こんにちは
とうとう、うっとうしい梅雨の時季がやってきました。とは言え、農作物はじめ自然にとっては大切な雨。みなさんご存じの通り、大山街道はその雨降りに大きく関係していますよね。
さて、今日はスケッチ紀行1日目のその3
ようやく1日目に回ったルートが完了、街道でも一番大きな「大坂」から三軒茶屋の道標へと参りましょう。
*因みに、各スケッチはクリックすると拡大で見られますよ。
*ウォークマップ大山街道/大坂上バス亭ー大坂ー氷川神社ー氷川神社の道標ー大橋ー目黒川ー池尻大橋駅ー池尻稲荷神社ー三宿ー三軒茶屋ー世田谷通り・茶沢通りー不動尊の道標
急で大きい
「道玄坂」をあがりきって進むと、広くて長い大きな坂が見えてきます。これが「大坂」。大山街道で最大の坂は、右の方に折れる細い坂道とR246との2本。上から覗くと、細い旧道の方が俄然急な坂道になっています。先はワクワクするカーブもあって、坂道大好き人にとってはこれまたなかなかそそられます。街道沿いには桜も並び(訪れたのは3月末)、おいでおいでと手招きしているよう。
坂を下りての突き当たりは、車の往来も激しい山手通りにぶつかります。ここを渡らないといけないので左に折れ信号を目指すと、あら、こんな所にあるじゃないですか!「日本地図センター」。今はネット販売もしていますが、やはり現物を見なければと、いそいそと早速寄り道です。
1階の”地図の店”では、国土地理院の地図をはじめ、さまざまな関連グッズなどが販売されています。時間を忘れていろいろ見てしまいましたけれど、最近の地図は本当にバリエーションが豊か。アプリの優れものもありますが、やはり広げて全体を俯瞰できる紙媒体はいいですねぇ。
ココを後に、R246へ戻る坂を行くと右手の小高い辺りに赤い鳥居が見えてきます。
イレギュラールートですが、側面の急な階段を上がって着いたのが「上目黒氷川神社」です。この辺りはもともと「上目黒村」と呼ばれ、この地域の鎮守神として地や氏子の生活を見守り続けてきました。大昔から人々の生活が営まれ、縄文時代の住居跡がみつかった大橋遺跡があるなど、現代へと続いています。R246側に表の鳥居と参道の階段・・・これもかなり急・・・、そして1842年(天保13)に建立された大山道道標があります。これほど街道に面して鳥居や道標があると、往来の人たちも必ず目に入りますから さぞ安心だったことでしょうね。
現代版の里
「大橋」は地上から見るとよくわかりませんが、首都高3号線と山手トンネルを結ぶ大橋ジャンクションとなって、今や天空の里を従えた特殊な構造でそびえています。首都高は私もたまに車を走らせますが、ここはトンネル内の急カーブと急勾配が続くいささか怖い所。都市部であることと周辺環境への配慮もあって、地上でも壁や天井で覆われ外からは過酷な道路状況は見えません。さらに、換気所屋上には、やはり特殊な形状を利用してかつての目黒川河岸段丘に見立て、斜面林や草地、湧水、せせらぎ、水田などが整えられています。まさに、ビル群にポツンと生まれた里といったところでしょうか。
この施設の一般公開は年に数回ですが、地元小学生による稲作体験や自然観察などを限定で実施しているようです。これも新しい”まちデザイン”のひとつかもしれませんね。
意外な出会い
今や花見でも有名な「目黒川」を横切ると、街道はまた池尻大橋駅から左へ入る旧道へと続きます。こうやって所々に旧道が残っているのは嬉しいものです。
旧道を入ってすぐ、発見したおもしろいものが「東京すし和食調理専門学校」。モダンなビルなのですが、その学校名に興味津々! すしは和食ですが、敢えてすし和食としているのは、やはりすしは和食と簡単にくくれない特別なジャンルなのでしょうか。
江戸町内での握りずしは、現在のファストフードのようなものだと聴きます。最初は岡持で売り歩いていたのが、後に屋台が登場するといった流れ。屋台なら気軽ですし、せっかちな江戸町民にとっても粋なスタイルだったのかも! 但しサイズは今の2倍くらいあったそうですよ。この頃は東京湾の魚も再び出回っていますが、当時は正にこの江戸湾で獲れた魚がメイン。コハダ、アナゴ、アジ、イカ、タイなど・・・いやぁたまりませんね! ちょっとワープして、当時のすし食べてみたいっ!
日本食は世界遺産でもあります。ここで料理人を志して伝統ある日本文化を受け継ぐ若者たちがたくさん育つことを想像すると、なんだかたまらなくウキウキしました。
すぐ先には「東京洋菓子協会」。旧道でこんな食に関する楽しい施設にお目にかかれるとは! 異国の菓子類も、江戸末期には様々なカタチで入って来ていますから、この街道が当時と今を橋渡ししているようですね。
途中小さな四つ角を左に折れて行くと「庚申堂」があり、世田谷区内で確認されている二百五体の内、二体が安置されているとあります。車の往来が激しい都心でも、長い歴史を受け継ぎ守る場所があるのは心が安まります。
旧道へ戻り進むと、江戸の子ども達の遊ぶ像が見えてくる、「池尻稲荷神社」です。ここには街道沿いで貴重な水を得られる井戸があったとのこと。竹筒やひょうたんなどに飲み物を入れていても、当然補給が必須。説明板によると赤坂一ッ木村から池尻村まで飲用水がなかったとありますから、本当に惠みの井戸となったことでしょう。
「涸れずの井戸」とも言われ、どれほど渇水になろうとも涸れずに、現在も尚豊富に湧き出ているのだそうです。そして当時の様子として、井戸の周りで遊ぶ子ども達の姿像があります。偶然ここで会った大山街道歩きをされている年配の方が『なんで泣いているのかな』って仰る。そうなんです、しゃがんで顔を覆う子がいるので一瞬そう見えるのですが・・・実は、この子”かごめかごめ”の鬼さんなのでした! いやはや、これも意外な出会いだわ。
旧道沿いには、ほかに昭和の遺構のごとく時を感じさせられる民家もあって、「へぇ〜今時ねぇ」と驚いたりも。一本通りを隔てるだけで表の喧噪も届かない、なんだか不思議なものです。
今に受け継がれる江戸庶民の信仰と行楽
富士山と並び、美しく端麗な姿で人々の心を魅了してきた「大山」は古代から信仰の対象となっていました。江戸の人口が100万人の時代に、年間20万人もの参拝者がいたというのですから、実に人気の高いパワースポット。雨乞いや五穀豊穣祈願のみならず、商売繁盛にも御利益がある上、江ノ島や鎌倉などの観光地も近いとなると、なるほど! 納得ですよね。
「大山講」と呼ばれる町内会や同業者の団体などが、みんなで費用を積み立て出かける・・・それこそ今で言う”お参りツアー”は、現代にも受け継がれる文化のひとつです。通常、江戸からの参拝は今回のルートを通って2〜3日目の晩に大山に着き、宿坊で1泊して翌朝参拝、帰りは藤沢や神奈川宿などに泊まって江ノ島や鎌倉を見物していたようです。但し、大山講は女人禁制で男性のみ。冨士講もそうですが、昔から女性にはさまざまな制限があったということですね。というわけで、「大山講」には参拝のほか男性特有の楽しみがあったかもしれません。そうそう、「大山参り」は落語の演目にもありますね。大山参りの出で立ちや旅の様子は追々触れていくとして、今回は先へと歩みを進めましょう。
スケッチ紀行1日目の終点へ
R246に出る前に、なかなか小洒落た店がありました。ちょっと休憩しようと思ったら残念ながら定休日。そそられるメニューが気になりながら、今回の目標まであと少し!
三宿を過ぎたら「三軒茶屋」。スケッチ紀行1日目の終点迄、マップ上ではスタートした三宅坂からだいたい8.4kmですが、かなりの寄り道をして万歩計数はなんと3万歩越え!
迎えてくれた「不動尊の道標」に無事の旅を感謝です。1749年(寛延2)に建立された道標は、当時とはいささか向きが違っているため、彫られている道案内がズレていてなんとも残念。それでも不動尊がある道標、ありがたいじゃないですか。
不動尊とは不動明王の尊称。明王は悪魔を撃退する仏の知恵を身につけた偉大な人で、その中でも最も中心に位置するのが不動明王だそうです。常に人々のことを気にかけて見守っているということですから、旅の無事を守りつつ励ましてくださっているのでしょう。
年中人の往来が盛んな「三軒茶屋」、ユニークな名前は本当に三軒の店があったことから付いたものです。
その中の一軒”田中屋”は、火災の悲劇を乗り越え現在も尚陶器屋としてお店を続けています。代々、まちの変遷をずっと見てきたのですね。
スケッチでたどる大山街道、今回はここまで。
ここから二子玉川までは旧道・新道とに分かれて2本のルートがあります。最初は上町線、後に新町経由の近道が開かれ、こちらが本道となりました。私の地元世田谷には2本の大山街道があるというわけですが、まずは本道となった新町線から進むとしましょう。
さて、次回からスケッチ紀行2日目が始まります。
新町線の本道をスタート、寄り道どころもたくさんありますよ どうぞお楽しみに!
みなさんのご意見・ご感想もお待ちしています。
岡本和泉/Izumi Okamoto
さまざまな「デザイン」を通して、社会や地域、環境、食、観光、ものづくり、文化などをつなぎ 新たな展開をするプロデューサー&クリエイター。 2015年からは”暮らしのデザイン”の一部として、地域に密着し日々の楽しさを広げる 地域独自のイベントや企画、地域活動も手掛け、長年住む世田谷の文化や知的資源、 自然を活かした地域ツーリムなども多く開催している。 http://www.imincosmos.com https://www.facebook.com/Setayui/
【参考図書】
中平龍二郎著『ホントに歩く大山街道』(2007年、風人社)
改訂新版ウォークマップ『ホントに歩く大山街道』(2021年、風人社)
中平龍二郎+編集部著『キャーッ! 大山街道!!』(2011年、風人社)