会社の書棚から古い弊社発行本を取り出して、ぱらぱらとページを繰って読み出したら、新鮮に面白くて、嬉しくなった。2012年7月発行の原幸多さん著『80歳。山はまだ卒業できない 58歳から始めた山登り』という単行本だ。
この本がどういう経緯で発行に至り、原さんのこの本に込める思いはどんなものだったかは、「はじめに」と「あとがき」に書かれている(文末にHPリンク)。原さんから自費出版の相談を受けたのは、私が当時、東京都山岳連盟(都岳連)の役員の末席にいて、原さんが先輩役員の御縁からだった。
当時原さんは、板橋山岳ハイキングクラブの会長もなさっていて、その機関誌「板ハイニュース」に山行記をたくさん寄稿なさっていたので、原稿はしっかりと揃っていて、本の形になるようにまとめられていた。そしてすでに、某大手出版社(自費出版部門)に相談されて、見積も取られていた。
私は初めて他社の詳細な見積を見せてもらって、その費用の高額さに驚いた。弊社の倍額近い。けれども、じっくり考えると、なるほど、と頷けた。その出版社は、もちろん詐欺まがいのぼったくり出版社ではない。有名出版社だ。
自費出版の営業広告を全国紙に大大的に打ち、会場を設営して相談会も開く。見積書からは丁寧な制作過程が伺えて、零細・小出版社よりよほど信頼がおける。出版社のブランド費用が入っているのだ。小出版社には出しようのない高額な広告費用も入っている。担当編集者の給料は、これもたぶん弊社の倍額の高額給与所得者で、その人件費も入っている。もろもろ考えていくと、その見積額は妥当なのだと納得がいった。そのことを原さんにも話したと思う。
モノの制作に技術力の違いが出てくるのと同じく、本の制作には知的作業の違いも出てくる。これに関しては、大手出版社が小出版社より圧倒的に優れているということはない。なぜなら、弊社はいくつかの大出版社からの請負で、その出版社の本を実際に作っているからだ。依頼者である版元ではできない内容も請け負っている。自費出版部門ではなく商業出版本の編集で、ベストセラー本ではないかもしれないが、学術書など知識系の本も請け負っている。
原さんの本は、前述のように、原稿はすでに機関誌で一度活字化されている。それを、原さん自身が、一冊の本に構成して編集し、推敲もされている。この本の制作では、弊社は得意分野の地図製作を活かすことができた。請負費用、制作費用はかなり圧縮できたように思う。
『80歳、山はまだ卒業できない』とは、今見て、いいタイトルだと思う。発行年2012年ごろでは、現在のように60、70、80、90歳が本のタイトルに踊るメジャーなものではなかった。サブタイトルの「58歳から始めた山登り」は、本書冒頭に58歳での山登りと出会った経緯が書かれている。58歳で自分の人生で今までやったことのなかった新しいことをどのように始めることができたか。
原さんは、70歳までの百名山踏破を目標とする。山スキーも同時に始めた。本の表紙裏に「夜道に日は暮れない」という原さんの言葉を載せたが、そんな危険な山行を58歳から始めてしまう。68歳での、日本海親不知から栂海新道縦走の15日間の記録(「二人合わせて129歳の北アルプス縦断」)も、アクシデント続きだ。記録は面白いが、中高年登山の参考にはならない。本書のような山行は危険で、真似ない方がいいだろう。笠ヶ岳山頂万歳の写真がハイライトの一つで、本文にその写真と表紙にイラストを載せた。
原さんは、2002年に百名山全登頂をはたして卒業した(70歳)。日本の3000m以上の21座も全部登頂した。百名山登頂記録の表を本文に掲載した。
今回私がこの本を取り出して最初に開いたページは、76歳の「北穂高岳」の記録だった。それを読んで、73歳の私は、原さんに絶対負けていると思った。『80歳、山はまだ卒業できない』というタイトルも、今改めてすごいなと思った。
そして今回、新たな発見があったのは、原さんの老化現象による体力の問題や、膝痛などの体調の問題が、がんがんと勇ましい登山記録だけでなく、きちんと自己の弱さも見つめて記されていることだった。今の私はどうなのか、と原さんの記述に引き込まれた。
この本をたまたま久しぶりに書棚から手にしてみて、原さんは偉いと改めて思った。弊社に出版を依頼していただいて幸運だったとも思う。一般書店流通も少しはあったけど、自費出版の価値は確実にあった。大手出版社から出した方がよかったかどうかは、はっきりとわかるものではないが、弊社が山の本を出していたことで、関心ある方へのアナウンスが叶ったことはよかったと思っている。
現在、在庫は少しありますので、ご関心がある方は、(文末にHPリンク)からお申込ください。
弊社は今、「ホントに歩く」シリーズで街道歩きマップを出版しているが、もし、このマップで東海道や中山道、大山街道を踏破された方が記録を残したく思われたら、ぜひ、弊社にご相談ください。大手出版社とは違う価値、メリットが提供できるかもしれないと考えるからです。
今年2024年初に2冊の大著の自費出版を一般商業出版本(※)の形で出させていただいたが、両書とも、弊社からの出版のメリットが提供できたのではないかと嬉しく満足しています。
これからも、満足いく価値ある本作りをしていきたいと祈念しています。
※商業出版本 ここでは、出版社が自社商品として企画・制作した本を、書店などを通して販売利益を得ることを目的とした出版本のことを言う。
自費出版は著者の企画で、制作費用の負担はあるが、弊社では商業出版本の形にして、図書館や一般読者に、一般流通本として販売している。
(お)記
原幸多著『80歳、山はまだ卒業できない 58歳から始めた山登り』へのリンク