2023年のジョン・フォード没後50年に合わせ、ジョン・フォード関連の話題が多くなってきています。『ジョン・フォードを知らないなんて』(2010年、風人社)の著者、熱海鋼一さんにその魅力を語っていただきました。

今回は、その第20回目です。
※赤字「」は映画作品名

熱海鋼一 ジョン・ウェイン

ジョン・フォード復活20 フォードとアカデミー賞<中編>

1939年~1941年、ジョン・フォードの黄金期と言われる3年間、賞が集中する。
今でもハリウッド最大の当たり年といわれる1939年、その年の作品を選ぶ第12回アカデミー賞で、フォードの3作品が部門賞でノミネートされた。アメリカの独立戦争を舞台にする「モホークの太鼓」はカラー撮影賞、弁護士時代のリンカーンの静謐な心境を描く「若き日のリンカーン」は原案賞、映画史に残る西部劇「駅馬車」フォード復活4参照)は作品、監督など7部門でノミネートされ、助演男優賞と編曲賞を得た。
しかし、最多の18部門にノミネートされた「風と共に去りぬ」(ヴィクター・フレミング)が作品、監督を含め8個の賞を獲得。ノミネート作品にはさらに「スミス都へ行く」(フランク・キャプラ)、「オズの魔法使い」(ヴィクター・フレミング)など、今でも評価が高い映画が並んだ。

フォード 駅馬車 風と共に去りぬ

フォードは西部劇の神様と称されたが、西部劇でアカデミー作品賞、監督賞を得ていない。『ジョン・フォードインタビュー』でボグドナヴィッチは記している。フォードは“西部劇こそ、映画産業をここまで長続きさせてきた恩人なんだ”と語り、同時に映画界が、西部劇を見下していることを身に沁みてわかっているのもフォードなのだと・・・。

アカデミー賞で西部劇の作品と監督賞をみると、1931年の第4回で「シマロン」(ウエズリー・ラッグルズ)が作品賞を得ている。しかし、西部開拓末期から現代の石油採掘へ発展するオクラホマの姿を描き、ずばり西部劇とはいえず、その時代を生きた開拓民の叙事詩として、評価されたといえるだろう。
西部劇で作品賞や監督賞を得たのは、その60年後の1991年、第63回アカデミー賞で、インディアンの生き方に敬意を表する「ダンス・ウイズ・ウルブス」(ケビン・コスナー)、さらに2年後、クリント・イーストウッドの、元ガンマンが正義と悪の倫理を突き詰める「許されざる者」である。

フォード 怒りの葡萄

1941年の第13回アカデミー賞で、フォードは「怒りの葡萄」で、二度目の監督賞を獲得する。原作はスタインベック。1930年代末、大恐慌に打ちのめされたアメリカを、さらに大干ばつと砂嵐が襲い、大地は荒れた。農民達は土地を資本家に奪われ、貧困に晒され、流浪し、弱者を利用する権力に翻弄される。
目の当たりにしているまさに過酷な現実を、フォードは、家族と弱者に心情を注ぎ、権力や社会の理不尽への怒りを、底辺に忍ばせて描いた。その映像は、全編を通して厳しい緊張感を保ち、影の強烈な生かし方とロングショットが格別に印象的だ。

撮影はグレッグ・トーランドだ。前年に原作エミリー・ブロンテ、世界三大悲劇の一本と言われる「嵐が丘」(ウイリアム・ワイラー)でアカデミー撮影賞を獲得、フォードとは「怒りの葡萄」についで、第二次世界大戦の影を落とす、陰影を漂わせた「果てなき航路」で組み、翌年にはオーソン・ウェルズの映画史を飾る「市民ケーン」を撮影した。画面すべてにピントを合わせるパンフォーカスは、高い評価を受けた。ハリウッドのトップテンに入る名カメラマン、トーランドの絶頂期と言える。

フォード レベッカ チャップリン

この13回アカデミー賞の作品賞は、アルフレッド・ヒッチコック監督の「レベッカ」である。イギリスから渡米して作ったハリウッド第一作、妄想が生むサスペンス、原作デュ・モーリエのベストセラーである。ヒッチコックは、この時を含め監督賞に5度、「救命艇」(1944)、「白い恐怖」(1945)、「裏窓」(1954)、「サイコ」(1960)とノミネートされているが、受賞していない。
フォードが4回得ているなら、同じように受賞しても良いのにと思うのだが、サスペンス物も西部劇同様、単なる娯楽と低く見られていたのだろうか?

その年のもう一本、ヨーロッパ侵略を進めるヒットラーをおちょくり、ファシズムを弾劾した、チャールズ・チャップリンの「独裁者」が、作品賞などにノミネートされている。ヒットラーは上映妨害に出るが、世界で大当たりした。
喜劇というだけで低い評価だったのか、チャップリンもアカデミー賞と縁が薄く、多くの傑作は作品・監督賞で無視された。あげくに“一人殺せば殺人者だが、百万人殺せば英雄だ”の名セリフで知られる「殺人狂時代」(1947・脚本賞ノミネート)の戦争批判などで、赤狩りの対象となり、共産主義者と弾じられ、次作、悲哀に満ちた「ライムライト」(1952・作曲賞受賞)の試写で渡英した時、国外追放される。
そして、1972年の第44回アカデミー賞は、「今世紀が生んだ芸術である映画における計り知れない功績」として、名誉賞をチャップリンに授与する。授賞式に招かれたチャップリンは、20年ぶりにアメリカの土を踏む。83歳の時だった。この賞は、アカデミー会員が長い間チャップリンに、報いなかったことへの謝罪だろう。

フォード わが谷は緑なりき 市民ケーン

1942年の14回アカデミー賞、フォードの「わが谷は緑なりき」が10部門でノミネート、作品賞、監督賞、撮影賞、助演男優賞、美術賞の5部門を得る。舞台はイギリス・ウェルズ、不況にあえぐ炭鉱と家族離散の物語。フォードはストライキなどの社会問題より、家族の絆と崩壊を暖かい目線で感傷的に描き、フォード作品でも人気を誇った。ラストの懐かしい人々との再会は、カーテンコールのように感動的だ。

今世紀に入りよく行われるベスト映画100などで、「わが谷は緑なりき」は殆ど選ばれないが、同年に作られた「市民ケーン」はベストスリー以内にほぼ選ばれている。アカデミー賞では、作品や監督賞など8部門でノミネートされたが、脚本賞のみで終わった。その時代の風潮を感じる。フォードファンの私でも、映画の創意に満ちた「市民ケーン」を選ぶ。

ちなみに、「わが谷は緑なりき」はフォードでは最多の5部門受賞だが、アカデミー賞最多受賞作品は「ベン・ハー」(1959 ウイリアム・ワイラー)「タイタニック」(1997 ジェームス・キャメロン)「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」(2003 ピーター・ジャクソン)の3作品で11部門である。いずれも超大作と銘打つ、娯楽性の高いハリウッド映画だ。

フォード ミッドウェイ

1941年12月7日、日本の真珠湾攻撃を受けて、アメリカは第二次世界大戦ヘ参戦する。海軍に憧れていたフォードは、ハリウッドでの仕事よりOSS(戦略情報局、後のCIA)の撮影隊で、戦争へ参加することが男の仕事と確信した。アカデミー賞連続受賞を自らの売り込みに使い、信用を得た。
フォードは真珠湾、そしてミッドウエー島に飛ぶ。

先制攻撃した日本軍とアメリカ軍の形勢が逆転する戦闘、フォード自らも撮影し負傷した「ミッドウェー海戦」(1942・18分)、日本の真珠湾攻撃を見事な特撮を交えて描く「12月7日」(1943・32分)と、2年連続でアカデミー短編ドキュメンタリー賞を獲得する。
「ミッドウェー海戦」は、島の風情、兵士達の素顔などフォードらしい情感を交え、戦闘シーンはまさにリアルな戦場を撮影し、その場に居るかのような迫力だ。映画は本国の観客を奮い立たせ、国威発揚に貢献した。

9.11(同時多発テロ)と並ぶアメリカの屈辱の日「12月7日」は、長編「真珠湾攻撃:December 7th」(82分 共同監督グレッグ・トーランド)の中盤以降、日本の奇襲攻撃で壊滅状態になった真珠湾基地と復興する部分をつないだ短縮版である。米軍が不意打ちをうけて惨敗するためか一般公開はされず、主に兵器工場の労働者らを奮い立たせるため、プロパガンダ上映された。

それでも、アカデミー賞が授与された。戦時体勢一色に染まったハリウッドが見える。ちなみに作品賞は、フランス領モロッコを舞台にナチスへの抵抗を描いたラブロマンスの名作「カサブランカ」(マイケル・カーティス)である。

フォード 真珠湾

長編の「真珠湾攻撃」は、日本からの移民がハワイの発展にいかに貢献したかも描いていたので、日系移民を敵国スパイと見なす本国に没収され、一般上映されることはなかった。ちなみに、日本で上映されたのは55年経った1998年だった。

真珠湾攻撃の日本のだまし討ちを許さない!“リメンバー パールハーバー「真珠湾を忘れるな」”は、アメリカのスローガンとして国民を鼓舞し、戦争に駆り立て、広島・長崎への原爆投下を正当化する動きに繋がった。
いまも変わらないことが起きている。核がちらつく。人は、なぜしてはならないことを選ぶのだろう?
OSSのフォードは、アフリカ戦線、東南アジアへと戦場に立ち会ってゆく。

次号後編につづく 

熱海鋼一(あつみ・こういち)

1939年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。映画・テレビのドキュメンタリー編集・フリー。 「The Art of Killing 永遠なる武道」(マイアミ国際映画祭最優秀編集賞)、「矢沢永吉RUN & RUN」「E. YAZAWA ROCK」、「奈緒ちゃん」(文化庁優秀映画賞・毎日映画コンクール賞)、「浩は碧い空を見た」(国際赤十字賞)また「開高健モンゴル・巨大魚シリーズ」(郵政大臣賞、ギャラクシー賞)、「くじらびと」(日本映画批評家大賞)、ネイチャリング、ノンフィクション、BS・HD特集など、民放各局とNHKで数多くの受賞作品を手がける。

X(旧Twitter)(熱海 鋼一) @QxOVOr1ASOynX8n

熱海鋼一著『ジョン・フォードを知らないなんて シネマとアメリカと20世紀』(2010年、風人社、3000円+税)

【もくじ】
https://www.fujinsha.co.jp/hontoni/wp-content/uploads/2017/07/fordmokuji.pdf

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