スケッチ紀行1日目/その2
坂を楽しんで

みなさん、こんにちは。

早くも5月が終わり梅雨の季節へと進みますが、一年で最も良い季節の5月のはずが、
今年は冷える日が続いたり、雨が多かったりとなかなか体調管理が難しいですね。

さて、今日はスケッチ紀行1日目のその2
R246から旧大山道へ入り、谷底の渋谷駅を抜け道玄坂上まで進みましょう。

*ウォークマップ大山街道/牛啼坂―弾正坂―薬研坂―高橋是清翁記念公園―青山一丁目交差点―赤坂御用地―青山霊園―明治神宮外苑―梅窓院―南青山三丁目交差点―善光寺―表参道交差点―青山学院―国連大学―宮益坂―御嶽神社―金王八幡宮―宮益坂上―東福寺―渋谷川―ハチ公前広場―道玄坂―百軒店商店街―道玄坂供養塔と与謝野晶子の碑

坂に心惹かれ

坂道というものは、どうしてこれほど心惹かれるのでしょうか。実際に歩けば、高齢になるほど確実に辛さは増すのですが、それよりもこの起伏と向こうに何があるのかを楽しみつつ眺めの美しさに見とれてしまうのです。前回も触れましたが、とにかく江戸は坂が多いまち。それぞれ名前もおもしろいのですが、よぉく見ると、地形や暮らしのなりたちまでもが見えてきます。

R246は大山街道がベースになった道ですが、やはりこうやって残る旧道の方がはるかにワクワクしますね。豊川稲荷から左の旧道に入り、しばし昔の様相を頭に描きながら坂道を味わいましょう。「牛啼坂」「弾正坂」「薬研坂」こんな短い旧道に坂が3本!

今の若い人は知らないかもしれませんが、「薬研坂」の語源ともなった薬研は薬材などを碾いて粉末に、磨り潰して汁状にするなど漢方の製薬に使う鉄製器具。そのカタチを思い浮かべれば、薬研坂の左右は高く盛り上がっていた(V字型)と想像できます。

そんな江戸の地形を考えていたら、ここで現代アートに遭遇! ある貸しオフィスの一画に、なんともメルヘンなレリーフがありました。繊細な細工を見ると、ストーリーぽくって実にユニーク。ぜひ、ここのオーナーさんに会ってみたい!

左側の山脇学園手前には移築された「武家屋敷門」がありますが、本当は桁行が約120mもある代物だそう。ちょっと江戸の風景が甦えり、学園の生徒たちとのミスマッチが印象的でした。

青山一族と是清

湾曲した旧大山道から再び元のR246へ出ます。目の前は樹木が生い茂る広大な「赤坂御用地」。もちろん中をうかがい知ることはできませんけれど、外苑東通りをはさんで「明治神宮外苑」「表参道銀杏並木」「青山霊園など広々とした景が続きます。

日本の首都東京の中でも一等地と言われる「青山」は、徳川家臣の中でもさほどメジャーではない青山忠俊一族に由来するのだとか。関東への領地換えを命じられた家康から家臣の新しい知行割と住居整備が発表された際、「馬で走った分だけ、その土地を屋敷にしてやる」と言われた忠俊の父・忠成が、やる気満々で走った結果得た広大な土地が青山だといいます。

そして、先に進むと高橋是清「高橋是清翁記念公園」。ここは翁の邸宅があった場所です。日本金融界の重鎮は、大正から昭和初期にかけて首相や蔵相を務めました。

1936年(昭和11)の2.26事件により83歳で亡くなりましたが、高橋是清翁記念事業会により土地は東京市に寄付されその後、公園に整備、開園となりました。

 

ビルに囲まれて

 青山一帯、コロナ禍で少しご無沙汰していた間に建ち並ぶビル群も変わっていました。都心は変化が激しいので、久しぶりに来ると「あれ?」と思うこともありますが、そんな中でも変わらぬ”時のひとこま”に出会えます。

ビルの合間から突如、風に揺れる笹の涼やかな音は・・・青山家の墓地があるという「梅窓院」。こういうお寺さんを訪ねるときは静かに、礼をもって行きましょうね。社務所は随分近代的なオフィス(ガラス張り)といった感じです。奥にある青山家の墓地傍らには”洗心”のひびきという水琴窟がありました。ひそかな音色が心に浸みます。

私は青山と言えば「ベルコモンズ」の世代ですが、今や別の複合ビルに様変わり。その名も「the ARGYLE aoyama」(ジ アーガイル アオヤマ)。青山の新ランドマークとして2020年7月から順次オープンしました。あぁ、昭和は遠くなりにけり。

高野長英

 

賑やかなファッション&カルチャーのまちを抜けると「善光寺」が見えてきます。ここで驚いたのが「高野長英自決の記念碑」。”蛮社の獄”で収監された長英が、脱獄後6年に及ぶ逃亡生活と壮絶な最期をむかえるのですが、その逃亡中に江戸へ戻って町医者をやっていました。江戸での隠れ家は現「スパイラル」辺り。ここには、その隠れ家があったという碑がビル壁面内にあります。

高野長英隠れ家

 

いやはや、こんなところで歴史上の刺激的な人物に出くわすとは!

 

 

大きな坂の連続

 「秋葉神社」から、このところ箱根駅伝でその強さを不動にした「青山学院」や国連の学術機関として多彩な研究や教育プログラムを展開する「国連大学」などを過ぎると「宮益坂」上。
ここから左の「金王坂」を下れば「東福寺」「金王八幡宮」、宮益坂を進めば、これまたビルに囲まれた「御嶽神社」が待っています。

まずは「金王坂」を下るとしましょう。

「金王八幡宮」は、この渋谷の雑踏の中とは思えないほどのスペースと癒やしの空間とでも言いましょうか。平日の昼時間には、近隣のサラリーマンたちが読書やランチ後のお休みなどそれぞれの憩時間を過ごしています。
ここは”渋谷城址”でもあり、その遺構の一部があるのにはまたもやビックリ!
あぁ、だからこんなに広いのか・・・と、今さらながら気づいたわけです。スケッチメモにも書きましたが、渋谷城は金王丸一族の居城、金王丸は頼朝の父・義朝に仕えていたのですね。当然ですが、歴史は現代へと繋がっている!はい、TV某番組で話題の源氏です。

大きな坂の連続2

「宮益坂」を直進すると「御嶽神社」。実際には宮益坂上から先にこちらへ下り、坂の途中から中を抜けて「金王八幡宮」へ行きました。マップでは、青山学院前の信号から左へ折れてのルートになっています。いずれにしてもここは大きなトライアングル構造になっている所ですので、どちらから行ってもよいでしょう。

「御嶽神社」背後には、大きなマンションがそびえ立っています。小さな「御嶽神社」はなんだか押しつぶされそうな気配ですが、この空間だけはやはり神聖な雰囲気が漂い威厳を放っているかのように見えます。

このところの渋谷駅界隈は凄まじい再開発で、正直なにがなんだかさっぱりわかりませんね。東急東横線の馴染み深い駅だった頃の波型天井が、かろうじて残っているだけがホッとしますけれど、それも複雑な立体歩道橋に視界を阻まれて地上からはよく見えません。

新しくなること全てが決していいとは思いませんけれど、時代が流れるとはそういうことなのでしょう。その殆どが暗渠になってしまった「渋谷川」、昔は相当のどかな景が続いていたとか。飼い主の帰りを待ち続けたハチ公(「ハチ公像」も、まさか周りがこんなビル郡になるとは思っていなかったですよね。溢れかえる人・人だらけでは、いくら鼻がきくとは言えご主人様も見つけにくい!

大きな坂の連続3

そんな人並みをかき分けて「道玄坂」へと足を進めます。
渋谷で最も歴史のある商店街と言えば、ここ「百軒店商店街」。1923年(大正12)の関東大震災直後、被災した下町の老舗などを誘致して商店街をつくったのが原点らしい。翌年から開店したので、もうかれこれ百年が経つわけです。先ほどは昭和が遠いと嘆いた私ですが、ここにはまだ昭和なまちの面影が・・・。

ライオン昭和30年代、渋谷は文化と音楽のまちでした。この百軒店でもジャズやロックを聴かせる喫茶店が大人気。「名曲喫茶ライオン」は今でも当時と変わらぬ姿で、その歴史を刻み続けています。

 

また坂の上の円山町は、かつて花街として大いに栄え、大正の頃はなんと400人もの芸者衆を抱えていたそうです!

与謝野晶子江戸時代、「道玄坂」はもっと長い範囲を呼んでいたそうで、名前の由来には諸説あるようです。

中腹ほどにある「道玄坂・与謝野晶子碑」の道玄坂の碑には渋谷氏が北条氏綱に滅ぼされた際、一族の大和田太郎道玄が坂の傍に道玄庵を造り住んだことから名付けられたとあります。ほかに大和田太郎道玄が山賊になったことからなど、いずれにしてもなにやら気になりますね。

また一緒に、遠い大坂の生家を思って母を詠んだ「与謝野晶子歌碑」が。道玄坂二丁目には「東京新詩社跡」の碑がありますが、晶子が初めて上京し鉄幹を訪ねたところだったそうです。

ちょうど碑の向かい側には「滝坂道」がのびています。「滝坂道」は甲州街道が開かれる前、江戸と府中を結ぶ主要道でした。大山道の分岐点となるここから目黒北部や世田谷区内を横断して調布方面へと向かいます。

スケッチでたどる大山街道、今回はここまで。
やはり坂が多くアップダウンの激しい青山から渋谷界隈、歴史上の人物たちがとても身近に思えた旅でもありました。

さて、次回その3では1日目の最後
街道では最も急で大きな坂から始まり、新道・旧道に別れる三軒茶屋までです。
お楽しみに!

 

岡本和泉/Izumi Okamoto

さまざまな「デザイン」を通して、社会や地域、環境、食、観光、ものづくり、文化などをつなぎ 新たな展開をするプロデューサー&クリエイター。 2015年からは”暮らしのデザイン”の一部として、地域に密着し日々の楽しさを広げる 地域独自のイベントや企画、地域活動も手掛け、長年住む世田谷の文化や知的資源、 自然を活かした地域ツーリムなども多く開催している。 http://www.imincosmos.com https://www.facebook.com/Setayui/

【参考図書】

中平龍二郎著『ホントに歩く大山街道』(2007年、風人社)
改訂新版ウォークマップ『ホントに歩く大山街道』(2021年、風人社)
中平龍二郎+編集部著『キャーッ! 大山街道!!』(2011年、風人社)

ウォークマップ ホントに歩く大山街道キャーッ! 大山街道!!