2023年のジョン・フォード没後50年に合わせ、ジョン・フォード関連の話題が多くなってきています。『ジョン・フォードを知らないなんて』(2010年、風人社)の著者、熱海鋼一さんにその魅力を語っていただきました。

今回は、その第3回目です。
※赤字「」は映画作品名

熱海鋼一 ジョン・ウェイン

ジョン・フォード復活3 「怒りの葡萄」・ヘンリー・フォンダ

ジョン・フォードの黄金期と言われる1939年から1941年。まず「駅馬車」でアクション映画の新しい1ページを開き、続いて詩情溢れる「若き日のリンカーン」、アメリカ独立戦争時の開拓民を描く「モホークの太鼓」、アメリカの飢餓難民を凝視した「怒りの葡萄」(アカデミー監督賞)、船乗りの哀切が滲む「果てなき航路」、貧困をギャグってしまう破天荒な「タバコロード」、そして炭鉱ストで家族離散を描いた「我が谷は緑なりき」(アカデミー作品賞・監督賞)。これまで職人監督として80本〈内無声映画50本余〉近くの映画を作って来たが、ここで一気に才能が爆発したかのように傑作群を世に送り出した。
この時、フォード世界を体現する二人のスターが生まれた。フォードの精神的反映はヘンリー・フォンダ、肉体的反映はジョン・ウエインである。

ヘンリー・フォンダは、「怒りの葡萄」(原作ジョン・スタインベック)のトム・ジョードの役を、20世紀フォックスと屈辱的な契約を結んでさえも演じたかったと言う。1930年代アメリカを襲った恐慌、トムは殺人の刑期を終えオクラハマの家へ向かう。そこで見た無残な故郷の姿、家は抜け殻、人々は土地を奪われた。土塊のような農夫が大地を叩いて泣く。フォードと「市民ケーン」を撮ることになるカメラマンのグレッグ・ト―ランド渾身の描写が続く。大地に映る農夫たちの影。目の前でトラクターが祖父から受け継いだ家を壊して行く。
トム一家は希望を求めてカリフォルニアに向かい、収容キャンプにたどり着く。キャンプ内の打ちひしがれた人々を正面からとらえた主観移動、腹をすかした子供たち。先日見直した時、このリアルな描写に、今1億人を超える世界各地の難民キャンプを目の当たりにしている気がして驚いた。人間の状況は悪化しているだけだと突きつけられ、優れた映画の普遍性を見た思いがした。

一家は仕事をやっと見つけても生活出来ないような低賃金、労働者はゴミのように扱われる。トムは、地主が弱者を分断する横暴を目の当たりにして、資本家の搾取へ怒りを募らせてゆく。フォンダはトムの成長を誠実に演じた。再び追われる身となったトムが母ママ・ジョ―ドと別れるシーン、「自分は不正の起こっているところに必ずいる」と、悲しむ母に告げる。フォードは母物映画のように、哀感をこめてママ・ジョードを描いた。その母が見つめる先、丘を登って行くトムの大ロングのシルエット、未来に託す光と影を暗示し実に印象的だ。

フォードとフォンダの出会いは、「若き日のリンカーン」だった。まだ有名でも何でもない一介の弁護士リンカーンを悠々と流れる大河のように描くフォードに見事に応えて演じたフォンダ。弱きを助け大義を貫く、ラストの雷鳴響く丘へ登る姿に苦難の未来が象徴された。フォードはリンカーンを尊敬し「アイアンホース」「西部開拓史」などにも登場させている。続く「モホークの太鼓」では、フォンダは新婚の開拓民を演じ、敵国イギリスに唆されて村を襲うモホーク族に追われても追われても走りぬき、援軍を呼び、砦にこもった村人を助ける。
リンカーン、開拓民、トム・ジョード。フォードは自分が思うアメリカの理想をフォンダに投影し、フォンダはアメリカの理想の代弁者となった。

第二次世界大戦終了後すぐに作られた「荒野の決闘」のフォンダ演じるワイアット・アープ保安官は、まさに若き日のリンカーンが乗り移ったかのように沈着で、時にはユーモアを交えて正義を貫く。戦争中、フォードは海軍に入り、記録映画をつくりながら数々の戦場の体験をしたからだろうか、「荒野の決闘」はもう争いなんて止そうよ、という心情が反映された静謐な西部劇となった。
しかし、フォードはこの映画の完成版を観ていないと言う。プロデューサーのダリル・ザナックが、フォードのディレクターズカット版をフォードに無断で改変し、ラストにキスシーンを追加。これはフォードの描く秘めた恋や騎士道精神を裏切るものだった。ザナックはまた、「怒りの葡萄」のラストで母親が言う名セリフ「世を支えているのは我ら民衆なんだ」も勝手に付け加えた。プロデューサーシステムのハリウッドでは、こうした監督無視の改変は日常的だったそうだ。日本でも、黒澤明の「白痴」の100分に及ぶ会社からの短縮命令は有名だ。

うんざりしたフォードは独立し、アゴシ―プロダクションを作る。最初の二作はフォンダが主役だ。まずフォードが戦前に企画した宗教劇「逃亡者」で破戒僧を演じたが、内容的に戦後に合わず興行は惨敗。では、と客狙いで「アパッチ砦」を作る。フォンダは傲慢で、アパッチ族の騙し討ちを仕組むが、誤った指揮で軍を全滅させてしまう、実在したカスター将軍を模した難役を演じた。
その後、フォンダは舞台に戻り、当たり役「ミスター・ロバーツ」を長年にわたり演じた。ロバーツは誰からも信頼される理想的な普通のアメリカ人、舞台は第二次世界大戦中の貨物船、ロバーツは戦場で戦いたいが船長の意地悪で移転の許可が出ない、まさにフォード好みのテーマだった。しかし、撮影が始まると、舞台で演じ続けてきたフォンダは、フォードの演出は間違いだと指摘、怒ったフォードはフォンダを殴打、以後、二度と仕事をすることはなかった。

ミスター・ロバーツ

フォンダはその後、「12人の怒れる男」でアメリカ人の良心を演じ、また子供まで殺す悪役を演じた「ウエスタン」などと幅を広げるが、フォードがフォンダに刻印したアメリカの理想像は、フォンダの名優の証しとなって残った。

熱海鋼一記

熱海鋼一(あつみ・こういち)

1939年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。映画・テレビのドキュメンタリー編集・フリー。 「The Art of Killing 永遠なる武道」(マイアミ国際映画祭最優秀編集賞)、「矢沢永吉RUN & RUN」「E. YAZAWA ROCK」、「奈緒ちゃん」(文化庁優秀映画賞・毎日映画コンクール賞)、「浩は碧い空を見た」(国際赤十字賞)また「開高健モンゴル・巨大魚シリーズ」(郵政大臣賞、ギャラクシー賞)、「くじらびと」(日本映画批評家大賞)、ネイチャリング、ノンフィクション、BS・HD特集など、民放各局とNHKで数多くの受賞作品を手がける。

twitter(熱海 鋼一) @QxOVOr1ASOynX8n

※今回のお話は、『ジョン・フォードを知らないなんて』第5章 アメリカ−フォードの栄光(p.133-168)などに詳しい記述があります。

熱海鋼一著『ジョン・フォードを知らないなんて シネマとアメリカと20世紀』(2010年、風人社、3000円+税)

もくじ
https://www.fujinsha.co.jp/hontoni/wp-content/uploads/2017/07/fordmokuji.pdf

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