記録を残しておいて、もしかしたら、どなたかのお役に立つかも知れないと思いたい。私自身には思い出のメモであっても、時々、意図的に伝えたいなと思うときもあります。

私が20歳代前半で初めて就職し勤めた編集部は、編集者が40人以上もいる大所帯でした。大出版社ではなく、今でいう編集プロダクションのようなものながら、出版史上に残るような大企画の本の編集をしていました。
その大編集長は、山本元帥とよばれていました。だだっ広い大部屋の中央に、幅2mくらいもある机の前にデンと座ってパイプをくゆらせていました。私は、主力部門の百科事典編集部の新入社員でした。修士の院卒も東大卒も高卒も、仕事内容は同じでした。それが元帥の方針でした。官庁や大出版社に転職していく人を喜んで送り出していました。ここで実力をつけて、どこからでも引き抜かれるような編集者になれ、との方針でもありました。

著者原稿を原稿整理したものを、課長(編集長)と次長からサインをもらいます。大編集長のところに全編集者からの原稿整理が集められます。 その全部に目を通した大編集長は、担当編集者の名前を呼びます。

当時は手書き(まだワープロは出現していませんでした)で、その原稿に元帥の4Bのエンピツで欄外にシャーッと斜め線が入っています。それがチェック箇所です。書き込みがあってもまず読める字ではありませんので、自分でメモを取り、聞き洩らさないように緊張します。たったの15行の原稿用紙に3分の1もチェックが入っていることもあります。

百科事典ですから全ジャンルにわたっていて、元帥といえども全知全能ではないので、苦手なジャンルもあったはずですが、全てのジャンルの原稿にチェックが入ります。
編集者の名前が呼び出されて、チェック個所を示されます。例えば、「○○市の人口は○○」にチェックがあると、他の市にはないのに、なぜここが? と思って調べると、12が21に誤記されているようにまちがっているのです。もう、びっくりです。

よく職業で「神の手」というような表現を聞きますが、元帥のチェックは神業でした。なぜわかるのだろう? と思うぐらい、チェックされた個所の8割ぐらいは誤記だったり、内容に問題がある記述だったりしたものでした。チェックは、ほぼ元帥のカンなのですが。

私は、編集者が徒弟制度のような職種であった時代の最後の世代だったと思います。頭の上をエンピツや消しゴムが飛ぶのを見ました。下士官のような編集長が、編集部員めがけてものを投げているのです。何を叱られているかを早くわからないと大変です。

元帥はもっと怖かった。40歳代の次長が元帥に叱られて泣いていたのも見ました。 あるとき、チェックが入った箇所について10冊ぐらいの参考図書の該当ページを、元帥の机の上に開いて並べて、「これだけの本に書いてあるので、原稿通りでいいと思います」と私が言うと、元帥は立ち上がって、片腕を並んだ本の脇に置いて、追い払うようにざーっと横へ押していって全ての本を机の下に落としたのでした。 今思うと、大芝居みたいですね。
私が示した全部の本は、種本にしたものが同一で、間違いが次々とコピーされて再生産されていたのでした。どの資料が何を種本にしているかぐらいはよく勉強しておきなさいとのことでした。

1回で学んでしまうほどに強烈でした。40年近く経った今でも、このときのことを覚えているのですから。20年ほど後に、2度目の出版社を退職して浪人していると、年召された元帥は私を呼んで、元帥の横に椅子を設けて私を座らせ、仕事を手伝わせていただいたのでした。これは、嬉しい思い出です。

たまたま先日インターネットで調べものをしていると、私にもわかる間違いが数本のインターネット情報で全部同様に間違っているのです。それを見て、このことを思い出したのです。
人ごとではありません。資料の転記は怖いことを、初心にかえって肝に銘じて、プロの編集者としての仕事をしたいものです。もうずいぶん前に亡くなられた元帥の教えに感謝して。

2013年01月28日 (Mon)FC2ブログ 風人社OHの編集手帳からの転載