総合出版・編集プロダクション「ホントに歩く」東海道・中山道

課外授業ようこそ先輩
ちばてつや

別冊 課外授業ようこそ先輩
ちばてつや
マンガをつくろう

NHK「課外授業ようこそ先輩」制作グループ+ KTC中央出版 編
仕様:四六判 上製本208頁
定価:本体1,400円+税
発行:KTC中央出版
装幀:後藤葉子(QUESTO)
2001年2月26日発行

番組名「生かせ! 君のキャラクター」
2000年9月10日 NHK総合テレビ放送
授業の場=東京都墨田区立小梅小学校

人それぞれにいいところがある
マンガのキャラクターには、主人公にも脇役にも、それぞれに欠点がありながらも、憎めない、いいところがある。
子どもたち自身のキャラクターも同じことで、ちばさんは、子どもたちに「自分のキャラクターをいかして、自分が人生で燃やし続けられるものを早く見つけて」と、メッセージを送る。

ちばてつや(千葉徹弥)漫画家

ちばさんのプロフィールにかえて(本文より一部紹介)
ちばてつやさんは、1939(昭和14)年、東京に生まれました。1歳のとき、一家で朝鮮へ渡り、3歳のとき、満州(現中国東北)に移ります。六歳のときに、奉天(現瀋陽)で日本の敗戦を迎えました。
ちばさんのお父さんは、新大陸印刷に勤務していて、家族はそこの敷地に住んでいました。敗戦を境に、印刷所の壁を中国人が乗り越えてきて、日本人は危険な状態にあることを、ちばさんは子ども心に察することができました。幼かったちばさんに襲いかかる歴史の重さ。ちばさんの人生のドラマが、ここから始まりました。
奉天は、満州事変勃発の地(柳条湖)で、反日感情は強かったのです。どうすればいいかわからなかったとき、お父さんの同僚の中国人に一家は助けられて、屋根裏部屋にかくまわれました。
このときの生活が、後のちばさんのマンガ家活動の心の原点となりました。本書の授業記録のなかで、ちばさんの発する子どもたちへのことばに滲むやさしさは、ここでの生活の体験と無関係とは思えません。外に出られない屋根裏部屋で、冬、凍てついた窓ガラスが真っ白に曇ると、指の冷たさを覚えながらも窓ガラスに絵を描いて遊びました。
7歳のとき、幸運にも、やっとの思いで一家そろって千葉に引き揚げ、無事帰国できました。しかし、多くの人々が帰国途中で倒れて亡くなったり、また、中国人に助けられて残留孤児になった人もいました。
帰国後、ちばさんは墨田区に移り、小学校三年のときに、この課外授業の行われた墨田区立小梅小学校に入学しました。
ちばさんには、助けてくれた中国人への感謝の気持ちが強くあります。会って、一言お礼が言いたい。その思いは、54年間も続きました。

NHKの放送番組に、「世界わが心の旅」というドキュメンタリーがあります。その一つに「中国・ありがとう屋根裏の日々」という、ちばさんの番組があって、これは、ちばさんがその五四年間思い続けてきた、中国人の恩人への「ありがとう」の一言を言うために、その人を探しに行くドキュメンタリーでした。とてもいい番組でした。その番組のディレクターとプロデューサーが、今回の課外授業も担当しました。

中国人の恩人の名は、日本語読みで徐集川さん。中国のテレビ局が恩人探しに強力な応援をしてくれます。テレビでの呼びかけに、一字違いの人が見つかりました。再会に行くバスのなかでのちばさんの心の高まりは、テレビを見る者にも伝わります。
しかし、結局、その人は人違いでした。それからしばらくして、新大陸印刷に勤めていた同名の人が見つかります。ちばさんの持っていた一枚の写 真と同じ写真が、訪ねた一家にもあったらしく、子どもたちはそれを見たと証言します。
ちばさんは、恩人の徐さんの子どもたちに会うことができましたが、なんと、徐集川さん自身は3年前に亡くなってしまっていたのです。探しているその人に違いないことがはっきりと確かめられ、そしてそんな再会になってしまったことに感きわまって、ちばさんの目は真っ赤になりました。
徐さんの娘さんは、ちばさんに一枚の古びた毛布を見せました。何人もの人が大事に使った毛布です。日本製である印があります。これは、ちばさんのお父さんがその恩人に贈ったもので、子どもたちにとても大事なものだから捨てないで大切に使うようにと言い残してきたものでした。
徐集川さんは、日本人の通訳だったことから、文化大革命のさなかに紅衛兵に吊しあげられ、60キロの札を首から吊されて肌にくい込み、その傷は死ぬ まで消えなかったそうです。徐さんは、死ぬまで、お酒を飲むとちばさんの話を子どもたちにしていたそうです。
ちばさんは、徐さんのお墓参りをぜひともしたいと頼みました。墓石にその毛布を覆って、言いたかった「ありがとう」をちばさんは墓前にすることができました。 なぜわたしたちが中国のその地にいて、わたしたちを救ってくれた中国人が戦後に辛い人生を送らねばならなかったのか、そこにわたしたちと日本のことがしっかりとつながっています」と、ちばさんは、テレビで語っていました。

ちばさんは、帰国後、16歳でプロ漫画家としてデビューしました。その間の思い出は本書の随所で語られます。『あしたのジョー』をはじめ、漫画家としてのちばさんを知らない人はいないくらい著名な漫画家になりました。現在、この中国の体験をもとにした大作に取りかかるための準備中だそうです。
ちばさんは、中国では、印刷所の近くの小学校に通っていました。その見当から、ここが本当にちばさんの通 った小学校ではありませんが、当地の近くの太陽小学校を訪れて、「ようこそ先輩」の中国版をお願いしました。中国の後輩小学生に、ちばさんは語りかけます。
そのメッセージの核心は、今回の日本の小学校で子どもたちに伝えられたものと同じです。
本書には、墨田区の母校小学校で、子どもたちがキャラクターマンガの共同制作に挑戦した課外授業の記録を通 して、その思いが収録されています。

目次

ちばさんのプロフィールにかえて

授業1
わたしが描いたマンガのキャラクター
マンガの話題で自己紹介
ちばマンガのキャラクター

授業2
キャラクターをつくる
顔を描こう
子どもたちのつくったキャラクターの発表

【給食時間に】子どもたちからの質問

授業3
マンガの共同制作
共同作業でストーリーをつくる
キャラクターに台詞をつける
六年二組の出張授業

授業4
創作マンガの完成発表
各班の完成作品
制作を終えて、まとめの授業
授業を終えて 授業の場

ちばてつや インタビュー記録

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