2012年12月18日(火)は、3件の用事を集中させた。 辻堂と湯河原に行く用件に加えて、東海道マップの現調が前回は茅ヶ崎までだったので、この日の午前中に茅ヶ崎からの続きを充てる都合良い予定を立てることができた。

朝からとても清々しい天気で、小旅行日和だった。茅ヶ崎〜平塚の現調メモを次に記しておきたいが、この段階ではあくまでも備忘録で、端折っているし、誤記を恐れてはいられない。読んでいただける方は、そこのところご了解ご容赦お願いします。

前回、日没後でよく見えなかった一里塚を確認し、国道を挟んだ向かいに側にある「平成の一里塚」も再確認して、スタート。
駅前からの道路を渡った右角に立派な石灯籠が並んでいる。上野寛永寺の徳川家康の墓所に、多くの大名が巨大な石灯籠を寄進した。戊申の上野戦争で寛永寺が炎上して、明治時代に寺域が縮小された折に、東京近辺の天台宗の寺に分けられたその一部だそうだ。なるほど、すごく立派だな、と思う。

新栄町交差点は、横断歩道がなく、地下道になっている。 交差点を渡った少し先に、黒松の切り株跡とその案内板がある。ここの黒松が一景観をもっていたので、その往時を想う記念だそうだ。

茅ヶ崎警察署を過ぎてすぐ、左側に円蔵寺の裏口がある「通り抜け禁止」とあるが、境内を通って反対側に行くと、そちらが立派な正門で、その正門に面した方が旧東海道? でないと、円蔵寺はお尻を東海道に向けていることになる。後で、要確認である。その道の曲がり方がいかにも旧道っぽい。
十間坂から戻ってみてもその印象が強い。ただ茅ヶ崎警察署までは、現国道に旧道っぽい松がところどころに残っていた。

次の交差点は十間坂二丁目で、左側に貫禄ある構えの長嶋米店がある。国道向かいの雑貨屋の店先には、編み笊が並べてあった。歩道に「日本橋から59km」の標識がある。雑貨屋の脇の小径を入ったすぐのところでお地蔵様にご挨拶して、緩いカーブの道を行くと、そっけない空き地の前に小さな鳥居があって、そこが神明宮だ。
ここの庚申塔もすばらしい。庚申塔の詳しい説明板があって、ここの庚申塔は初期の典型的な青面金剛像で、脇に二匹のサルを従えている。

旧道に戻りしばらく行った右側にある第六天神社にも、庚申塔がある。三猿、一猿の庚申塔の他、双体道祖神もあった。

次の交差点が南湖入口。 この交差点の先の左側に、目に留まる古い民家がある。ちょっとどきっとするのは、何なのかな。交差点を左に入ると金剛院があるが、正門扉は閉まっていた。

南湖一丁目交差点は、この日の地形現調のポイントだ。左富士は東海道中で、ここと吉原の2個所が有名だそうだが、道が北へ向かっているから左富士が見られるのだが、北向きの道の個所がそんなに珍しいことのほうが驚きだった。

明治15年測量図でも確認した。現地では、交差点先で急カーブする。南湖入口交差点の南西方向が、鳥井戸橋の北西方向まで、その方角は約90度の転換である。鳥井戸橋にさしかかると、右手に鶴峯八幡宮の赤い鳥居が目に入ってはっとする。 鳥井戸橋の橋詰に、南湖の左富士の案内板があったが、今日は富士山は見えなかった。鳥居の脇に弁慶塚。この参道らしい参道を歩んで鶴峯神社へ現調に行くのは後日とする。

下町屋交差点で北西に進む。ここで道は、西方向に緩くカーブする。
梅雲寺は、幼稚園の中に寺があるような同居の形で、園児たちが楽しそうに遊んでいた。

小出川手前左側に旧相模川橋脚跡がある。 大山街道柳島道の現調では、中平さんや編集部で、柳島で仕入れた土佐の酒、司牡丹と能登のホタルイカでささやかな酒盛りをしたことを思い出す。ホタルイカは、ライターで炙るとおいしい。このときの司牡丹は、私には初めて見た超辛口種で、これは珍しい。

小出川を渡り、湘南バイパス茅ヶ崎西インター入口の交差点の歩道橋を降りると、交番があった。以前もあったかな。その先が今宿の交差点である。この交差点で大山街道柳島道が分かれる。
その少し先に上国寺がある。「日本橋から61kmの標識」。さらに行くと、信隆寺があって、産業道路入口交差点にさしかかる。

中島交差点の手前、バス停付近に道祖神?があった。
国道の左にJRの電線が見え始め、新田入口交差点付近でJRと国道がいちばんくっつく。ここの道路右側にも道祖神を見つけて嬉しくなる。残っているんだなあ。

馬入橋を渡り始める。橋の両側の河川敷に「リバーサイドマリーナ」との地図表記があって、小型船がいっぱい陸揚げされていた。
さすが相模川だ。広い川幅と水量の豊富なこと。江戸時代ここを渡ったのは、本当に難所と言われるほどに大変だったろうと想像できる。橋上に62kmポイントがあった。

この日の次の用件の時間が迫っていたので、今日は、馬入の渡し跡、蓮光寺、真福寺などをパスした。国道1号線と旧道分岐のところにある「馬入の一里塚」は、整備されていて立派な案内板だった。
このあと、平塚駅までは特に見所もなく、ひたすら急いだ。

追記 このあと、湯河原で「名物 丸天うどん」。辻堂の、11年11月11日11時にオープンしたショッピングモールで、11年ぶりくらいの著者にあう。

【該当マップ・書籍】
『ホントに歩く東海道』第2集(保土ヶ谷〜平塚・大磯)
中平龍二郎・風人社編集部著『キャーッ! 大山街道!!』

キャーッ! 大山街道!!