新幹線三島駅で、ぼんやり北口に出てしまう。以前、ここから数回、沼津の図書印刷本社工場にタクシーで行ったことを思い出す。三島も沼津も、わりと来ているほうだ。
北口に出ると南口に行くのが大変だとは知らなかった。改札で誤出場通過証をもらい、構内を通って南口に出る。
三島駅南口は、観光都市の明るさがあった。修善寺温泉他、ここに降りた人はきっと楽しみの旅行の始まりにうきうき気分なのだろう。駅前の観光案内所も、とてもきれいで立派で、応対も親切だった。
今日の現調は急遽の予定のため予習不足で、地図も十分でない。 案内所でもらった地図がとても心強い。ここでは、後の東海道マップ編集のために、通過したポイントのメモをしておきたい。あまり詳細には記せないけれど(そして、未検証で、誤記、誤解もこのメモには多いことも覚悟して)。
楽寿園の玄関の菊祭り看板を見て、藍染め坂を南下し、藍染めの滝を通過して、白滝公園に至る。そこから桜川沿いに、水辺の文学通り(水上通り)に沿って東南に向かう。鴨が頭を川に突っ込んで逆立ちしている姿が面白い。司馬遼太郎「三島の湧水」について案内板があって、その知識は役立った。
三島大社の祓所神社鳥居に入り、三島大社の正面、そこから正面鳥居に向かう。そこを出ると、東海道三島宿の看板があって、参道を直進し、その先で右折して三島市役所に寄って、1万分の1行政白地図を購入した。そこから旧東海道に戻る。
旧東海道は県道22号で、西へ進む。上御殿橋を過ぎると、四ノ宮川のほとりに樋口本陣と世古本陣跡がある。そのあと、白滝観音堂がある寺があり、さらに進むと源兵橋があり、そこを左に入る。源兵衛川と「時の鐘」を見る。
東海道に戻って、伊豆箱根鉄道の踏切がある。伊豆箱根鉄道の三島広小路駅だ。その先からの道で、県道145号に名称が変わる。
林光寺の向かいに秋葉神社があり、ここが三島宿西見附跡と解説書にあった。
その数m先に千貫樋の案内板と橋がある。さらにそこからしばらくいくと、立派な常夜燈があって、街道を歩いている気分にさせてくれる。
次に、宝池寺には立派な一里塚があるが、この一里塚は復元されたもの。その向かいには、玉井寺(ぎょくせいじ)の一里塚があり、こちらは原型を留めているらしい。隣の玉井寺には、白隠禅師の「墨跡」(金竜山などの文字)がある。
その後、幾つかの寺を見て、八幡神社にいたる。ここには、入口に「対面石」と大きく書かれている。少し長い参道をたどり境内に入ると、すぐ左に対面石がある。境内の奥の本殿は、その前に立つとすっと電動自動ドアが開くのにはだれもびっくりするだろう。
八幡神社を出てしばらく行くと、長沢の松並木がある。そのすぐさきに、智方神社がある。ここには護良親王伝説で首を埋葬したという墓がある。また立派な楠が数本ある。
智方神社を出ると、すぐに黄瀬川を渡る。黄瀬川は上流からの氾濫で、幾筋にも川筋が出来、土を運んだ黄色の水流ゆえの命名とは、この先で出遭った90歳の地元の人に聞いた。黒瀬橋は、黒潮がここまで押し寄せてきたからだ、とも。そして、大洪水でこの先の一里塚が水没した話も聞いた。
黄瀬川橋も黒瀬橋も、橋梁と護岸工事が行われていて渡ることも見ることも出来なかった。
潮音寺には、仇討ち伝説の亀鶴姫の墓がある。 東海道は狩野川の岸に出て、その先で黒瀬橋にいたる。橋のたもとに平作地蔵がある。さらにに少し行くと一里塚があり、玉砥石がある。その北に日枝神社。境内には芭蕉の句碑がある。国道380号に合流し、その先で三園橋。
この日は、3時からの沼津簡易裁判所での公判傍聴に間に合うよう、三園橋から裁判所方面に急いだ。
(お)
2012年11月23日 (Fri) FC2ブログ 風人社OHの編集手帳からの転載