2023年のジョン・フォード没後50年に合わせ、ジョン・フォード関連の話題が多くなってきています。『ジョン・フォードを知らないなんて』(2010年、風人社)の著者、熱海鋼一さんにその魅力を語っていただきました。
今回は、その第23回目です。
※赤字「」は映画作品名

ジョン・フォード(1894~1973)は西部劇の神様と呼ばれ、西部劇の歴史を三度塗り替えてきたと言えるだろう。

無声映画時代、フォードは23歳で監督となり、40本以上の西部劇を作った。馬が登場するロングショットは壮大だ。29歳で大陸横断鉄道建設をテーマに「アイアン・ホース」(1924)、未開地を求めるランドラッシュに仁義の色濃い「三悪人」(1926)と二本の大作で、西部開拓一大叙事詩を描き、若きフォードはアメリカフロンティアの表現者となり、西部劇ジャンルの基盤を築いた。
しかし映画に音がつくと、西部劇は安易な連続物が増え、内容的には陳腐な時代が続いた。フォードはここで打って出る。1939年、低迷していた西部劇を「駅馬車」で熾烈なアクションとドラマで、アートとして蘇らせた。
その後フォードは、「荒野の決闘」(1946)「アパッチ砦」(1948)「黄色いリボン」(1949)「幌馬車」(1950)などにより、美しく理想的なフロンティア神話の語り手となった。
西部劇は希望のアメリカを象徴し全盛期を迎え、そのトップに立つフォードは西部劇の神様と言われた。
“The greatest director of Westerns”(西部劇最大の監督)
“The poet of the American frontier”(アメリカ開拓史の詩人)
“The filmmaker who created the mythology of America”(アメリカ神話を作った映画作家)
往年の西部劇と言えば・・・
スケールが大きい開拓劇、牛の大移動「赤い河」(1948/ハワード・ホークス)、ライフル銃を巡る復讐劇「ウインチェスター73」(1950/アンソニー・マン)、早撃ちの孤独「拳銃王」(1950/ヘンリーキング)、流れ者の秘めたる愛「シェーン」(1953/ジョージ・スティブンス)。

痛快な
「OK牧場の決闘」(「荒野の決闘」と同じ話だが活劇バージョン。1957/ジョン・スタージェス)、「リオ・ブラボー」(正義の保安官。1959/ハワード・ホークス)、「荒野の七人」(黒澤明「七人の侍」の西部劇化。1960/スタージェス)、「勇気ある追跡」(ジョン・ウエインがアカデミ主演男優賞。1969/ヘンリー・ハーサウエイ)
問題意識がある
「牛泥棒」(集団リンチの冤罪。1943/ウイリアム・A・ウェルマン)、「折れた矢」(インディアンとの交流を探る。1950/デルマ・デイビス)、「真昼の決闘」(町民に裏切られた保安官の戦い。1952/フレッド・ジンネマン)。
異色な
「大砂塵・ジャニー・ギター」(勝ち気な女の対決。1954/ニコラス・レイ)、「白昼の決闘」(愛憎の確執と異常セックス。1946/キング・ビダー)。
そして、フォード西部劇の三度目の変革。1956年「捜索者」で自ら描いた神話を覆す。リアルなフロンティアの現実をみつめ、ダークなアンチヒーロー・差別主義者を主軸に据え、インディアンの土地を奪って出来たアメリカの暴力を描いた。
ポストモダンの先駆となった傑作「捜索者」以降、西部劇は、姿を変えていった。開拓に伴う残虐な事実が投影されるようになり、西部劇の定番、正義の味方・勧善懲悪は、現実味を失い魅力をなくした。西部劇NO.1と言われる「捜索者」の先進性、神話の否定が、やがて西部劇の衰退の道を作ることになるのは、皮肉なことだ。
フォードも「リバティ・バランスを射った男」(1962)で、開拓期の事実と虚構を交差させ、西部の伝説(神話)の表と裏の矛盾を、惜別と悲哀を込めて描いた。
アメリカで活気を失った西部劇だが、イタリアではマカロニウエスタンが誕生し、世界を席巻する。その中心となったセルディォ・レオーネ監督は、「荒野の用心棒」(1964/黒澤明「用心棒」のまるパクリ)と「続、夕陽のガンマン」(1966)でクリント・イーストウッドを大スターに仕立て上げ、「ウエスタン」(1968)で尊敬するフォードへオマージュも捧げるが、残虐な見せ場が売りだった。

こうした影響か本国では、「ワイルド・バンチ」(1969/サム・ペキンパー)のようにフロンティア賛歌はもはや虚偽、暴力描写を美学にした仁義の心情を謳い、「明日に向って撃て」(1969/ジョージ・ロイ・ヒル)にはかつての西部劇の様相はなく、まさにノリノリの青春映画だった。
一方で、フォードも「シャイアン」(1964)で描いたが、騎兵隊のインディアン惨殺とネイティブへの理解を深める「ソルジャーブルー」(1970/ラルフ・ネルソン)「小さな巨人」(1971/アーサー・ペン)が出て、「ダンス・ウイズ・ウルブス」(1990/ケビン・コスナー)に至る。ネイティブを尊重するモラルは現代を反映するものの、この視点だけを強めると、白人が行ってきた日常的インディアン蔑視と虐殺の歴史を見誤る危険を孕んでいる。
クリント・イーストウッドが「アウトロウ」(1976)「許されざる者」(1992)で、西部劇の歴史を総括するような新たな光を放つが、西部劇は終焉したと言われる。クエンティン・タランティーノの「ジャンゴ 繋がれざる者」(2012)や「ヘイトフル・エイト」(2016)の醍醐味は、人間の残虐さに見いだされる。フロンティアの理想を失った西部劇は、行き場を失い、時代との接点は喪失した。
そこで、西部劇の神様と言われたジョン・フォードについて、チャットGPTに尋ねてみた。
――――アメリカ映画の古典的巨匠として映画史研究では不動の巨人として、常に重要視されています。今でも映画学校や批評で取り上げられる定番です。
「駅馬車」「荒野の決闘」「静かなる男」「捜索者」などは、今でも映画学校 や批評で取り上げられ、『The Searchers・捜索者』は批評家や映画ファンから「アメリカ映画の最高峰の一つ」、「西部劇最高峰」などとたたえられ、全映画中でも非常に高い評価を受けています。
ただし「西部劇監督」というイメージが強く、一般的な人気や知名度は相対的に低下気味。西部劇ジャンル自体が現在の観客にはやや古く感じられることが理由です。

チャットGPTは、フォードは西部劇作家として人気は落ち、“映画史研究では不動の巨人”という。ならばと、フォードに関する書籍を尋ねた。
――――ジョン・フォード(映画監督)に関する「日本の書籍」について、代表的なタイトルをいくつかご紹介します。
日本語による著作・論考
『ジョン・フォードを知らないなんて:シネマとアメリカと20世紀』
- 著者:熱海鋼一
- 発行:2010年3月5日、四六判上製/592頁、定価約3,000円+税
- 概要:映画・テレビの映像編集者として40年以上活動してきた著者による、ジョン・フォードへの情熱的な論考。西部劇やアート作品を含めたフォード作品を多面的に語る巨編です。日本図書館協会選定図書にも選ばれています fujinsha.co.jp。
『ジョン・フォード論』
- 著者:蓮實重彦(はすみ・しげひこ)
- 発行:文藝春秋(単行本)
- 概要:「古典的な西部劇の巨匠」というレッテルを超えて、画面そのものを徹底的に「見る」喜びへと誘う集大成的な著作です。詳細なフィルモグラフィやスチール写真も多数収録されており、映画そのものを深く味わい、分析するスタイルが特徴的です 紀伊國屋書店GQ JAPAN。レビューでも、映画の隅々にまで目を凝らす著者の鋭い読みが高く評価されています Yahoo!知恵袋読書メーター。
その他(邦訳や日本発行のものは限定的)
現段階では、日本語で書かれたジョン・フォード関連書籍としては、上記の2冊が主要な存在です。その他の書籍(たとえばフォード作品論など)は英語や他言語での出版が中心で、日本語による本は上記に比べると少ないようです 楽天市場紀伊國屋書店アマゾン。」――――

嬉しいことに自著が選ばれていた。チャットGPTは、質問者に好意を持つように忖度するという知恵もお持ちのようだから、回答にただ喜んだり信じたりするのは早計とは思うが、良い返答とお返しした。
そうそう、ジョン・フォードの西部劇のもう一つの貢献。「駅馬車」「黄色いリボン」「捜索者」などの舞台となったモニュメント・ヴァレイを、アメリカフロンティアの象徴となしたことは、忘れてはならないでしょう。今はアメリカを代表する観光地のひとつになっています。
次はベストテンでフォードとの再会を!!!
熱海鋼一記
熱海鋼一(あつみ・こういち)
1939年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。映画・テレビのドキュメンタリー編集・フリー。 「The Art of Killing 永遠なる武道」(マイアミ国際映画祭最優秀編集賞)、「矢沢永吉RUN & RUN」「E. YAZAWA ROCK」、「奈緒ちゃん」(文化庁優秀映画賞・毎日映画コンクール賞)、「浩は碧い空を見た」(国際赤十字賞)また「開高健モンゴル・巨大魚シリーズ」(郵政大臣賞、ギャラクシー賞)、「くじらびと」(日本映画批評家大賞)、ネイチャリング、ノンフィクション、BS・HD特集など、民放各局とNHKで数多くの受賞作品を手がける。
X(旧Twitter)(熱海 鋼一) @QxOVOr1ASOynX8n

