2016年 4月 8日 金曜日
 

ウォークマップ

ホントに歩く東海道 第11集
岡崎(新安城)〜桑名(27.7km)
※七里の渡しの距離は含みません。

企画編集・制作・発行:風人社
仕様:4分冊 両面2色刷印刷 折りたたみ式
   全コース縮尺1万分の1地形図と
   多くの現地写真で詳細案内
   コース・史跡などの解説はマップごとに
   裏面掲載で、計40ページです。
価格:本体1080円+税
2015年9月5日発行
ISBN9784938643676


掲載書評

本mapの内容

写真

追加・修正情報

常備書店様

 
  東海道が通る安城、知立、刈谷の農地は、明治用水が作った。
  かきつばたの知立、桶狭間の古戦場、絞りで名高い有松。
  かつては海辺だった鳴海に出、大都会名古屋の宮へ。
  七里の渡しの先の桑名は、蛤。

●No.41 新安城(岡崎)〜富士松(7.2km)
 里町4丁目交差点〜来迎寺一里塚〜池鯉鮒松並木〜池鯉鮒宿〜逢妻橋〜洞隣寺

 [コラム]無量寿寺とかきつばた 在原業平伝説

●No.42 富士松〜有松(8km)
 洞隣寺〜富士松〜境川〜豊明駅〜阿野一里塚〜桶狭間古戦場〜有松

 [コラム] 桶狭間古戦場の地形的検証

●No.43 有松〜宮(熱田)(8.2km)
 有松〜鳴海宿〜千鳥塚〜天白川〜笠寺観音〜呼続〜松田橋交差点〜熱田橋

 [コラム]鳴海の地形的感動

●No.44 宮(熱田)〜七里の渡し〜桑名(4km)※七里の渡しの距離は含みません。
 熱田橋〜ほうろく地蔵〜七里の渡し場(宮)…海上七里…七里の渡し場(桑名)〜京町見付跡〜矢田立場

☆第11集のかんたん内容
 11集では、日本橋から96里(375キロ)の桑名に到達します。日本橋から、通ってきた国も8つ目になりました。(武蔵、相模、伊豆、駿河、遠江、三河、尾張、伊勢) 

 かきつばたで有名な知立の八橋は、京都の八ッ橋のルーツにもなっているそうです。池鯉鮒(ちりふ)宿の名物大あんまきを食べ、池鯉鮒大明神の前には家康の側室のお万の方生誕地碑があります。池鯉鮒には、品川宿で登場した東海寺の沢庵和尚小訪れていて、池鯉鮒の名前のもととなった御手洗池公園の石碑には和尚直筆の書が刻まれています。

 刈谷市に入り、きしめんのルーツとされる芋川うどんが名物です。桶狭間の戦いの地、豊明市と名古屋市緑区に入ります。道中、多くの地名に合戦の名残を見ます。

 絞りで有名な間の宿有松は、漆喰、海鼠壁の歴史的建築物の街並みが残ります。街道のすぐ横が海だった鳴海宿からは、道の成り立ちのダイナミックさを感じます。今も参詣客が多い笠寺観音は、雨に濡れていた観音さまに自分の笠をかぶせたところをたまたま通りがかりの貴人が見て、一目惚れ。玉の輿の元祖です。

 名古屋に近づくにつれビルも道路も大きくなり、熱田に着きます。宮は、熱田神宮の宮。ここからは陸路の佐屋街道か、七里の渡しに分かれ、伊勢の国の桑名を目指します。桑名は今は名古屋から電車で30分。昔は七里の渡しは舟で4時間、潮の具合によっては6時間かかりました。桑名側の渡船場では、伊勢国一の鳥居が迎えてくれます。

 桑名といえば蛤。街中にたくさんしぐれ煮のお店があります。値段にびっくりしましたが、希少性とおいしさに納得です。専正寺には、「蛤墳」という蛤のお墓もあります。
 長良川、揖斐川、木曽川が分流・合流する河口にある桑名は、水運で栄えた反面、水害に悩まされ続けてきました。江戸時代、幕府は薩摩藩に堤防工事を命じましたが多額の出費と多くの犠牲者を出したため、責任者の平田靱負は切腹しました。平田や工事の犠牲者の墓は海蔵寺にあります。

 マップNo.44は熱田宿と桑名宿を収載し、どちらもビッグな宿だったので、結果的に桑名の方がやや駆け足的な紹介になってしまいました。第11集は矢田立場までです。

□第11集(新安城〜桑名)の写真抜粋


舞坂宿北雁木

新安城、10集の終わりで見た濱碇の像

どまん中茶屋

かきつばたの里、無量寿寺。かきつばた園の作業後の洗濯物

どまん中茶屋

鎌倉街道沿いの根上がりの松

どまん中茶屋

鎌倉街道沿いの在原業平墓所の碑

どまん中茶屋

来迎寺一里塚。(南側)こちらが削られているために国指定史蹟ではない

どまん中茶屋

知立市、牛田八幡神社

どまん中茶屋

牛田八幡神社の例祭の日。神様へのお供え物を見せていただきました

どまん中茶屋

来迎寺東のさむらい塚。織田軍の兵士が祀られているという

舞坂宿北雁木

吉田忠左右衛門夫妻の墓。忠左右衛門は赤穂浪士四十七士の一人。

舞坂宿北雁木

忠左右衛門夫妻の墓の近くには暗渠排水記念碑もある

舞坂宿北雁木

知立の松並木。馬市跡の碑や万葉歌碑がある

舞坂宿北雁木

御手洗池公園。池鯉鮒の名の由来になった池跡

舞坂宿北雁木

中町交差点。真ん中の細い道が東海道。もうすぐ池鯉鮒宿の中心地

舞坂宿北雁木

駅前の知立市の駐輪所では無料のレンタサイクルがあります

舞坂宿北雁木

池鯉鮒宿、宝蔵寺のおいばら塚

舞坂宿北雁木

追腹塚説明板

舞坂宿北雁木

池鯉鮒宿本陣跡。旧東海道ではなく、国道側に碑が立つ

舞坂宿北雁木

知立神社北の小松寺の地蔵堂は、脇本陣の玄関の屋根が転用されている。

舞坂宿北雁木

知立神社の多宝塔。国重要文化財

舞坂宿北雁木

知立神社隣の知立公園。明治神宮から送られた花菖蒲が咲き誇る(6月)

舞坂宿北雁木

知立神社への参道入口にある小松屋では大あんまき(黒、白餡)を売っている。夏は凍らせたアイス大あんまきもあります。

舞坂宿北雁木

池鯉鮒宿の街並み

舞坂宿北雁木

逢妻川を渡って国道1号を歩く

舞坂宿北雁木

刈谷市、一里塚跡。大勢のツアーとすれ違う。歩道橋の下に一里塚跡の碑が残っています。この辺りは一里山の地名があります

舞坂宿北雁木

洞隣寺境内のけんかした者同士の中津藩士二人の墓(左二つ)とめったくやしいの墓(右)

舞坂宿北雁木

洞隣寺にあるインパクトのある石。夕暮れ時に見ると怖い

舞坂宿北雁木

刈谷市富士松駅近くの東海道

舞坂宿北雁木

いもかわうどん発祥の地の杭が立つ。ひもかわは東京で通じるかな??

舞坂宿北雁木

一ツ木の「きさん」でいもかわうどんを再現した「きじめん」食べられる

舞坂宿北雁木

刈谷市、貫禄のある家が残る

舞坂宿北雁木

浄蓮寺のネコ。境内には大きな樹齢850年の椎の木がある

舞坂宿北雁木

マイ金次郎を持つ家

舞坂宿北雁木

境川。三河国から尾張国へ

舞坂宿北雁木

豊明市。阿野

舞坂宿北雁木

阿野一里塚。国指定史蹟

舞坂宿北雁木

名鉄名古屋本線前後駅

舞坂宿北雁木

前後駅付近の和菓子屋久乃屋

舞坂宿北雁木

昭和30年代の久乃屋。自動車の後ろの地蔵堂は今もある

舞坂宿北雁木

久乃屋の古戦場最中

舞坂宿北雁木

前後からの東海道。「A」とは何だ?

舞坂宿北雁木

前後駅近くの道標。ふくた原 祐福寺の文字が見える

舞坂宿北雁木

前後駅付近。名鉄線をくぐる小さなトンネルがけっこうある

舞坂宿北雁木

阿野一里塚の先、坂部交差点から北へ向かうと、善波交差点。ぜんなみ。神奈川県民としては「ぜんば」と読みたい。

舞坂宿北雁木

豊明市最高地点の二村山。展望台からの景色。御嶽山も見える

舞坂宿北雁木

二村山を越える鎌倉街道。古道の雰囲気が残る

舞坂宿北雁木

桶狭間の戦いの死者2500人あまりを供養した戦人塚

舞坂宿北雁木

付近の地名は仙人塚。

舞坂宿北雁木

中京競馬場前駅

舞坂宿北雁木

豊明市の桶狭間古戦場伝説地にある今川義元の墓

舞坂宿北雁木

有松神社にある桶狭間の戦い布陣図

舞坂宿北雁木

名古屋市緑区の桶狭間古戦場公園の今川義元の墓。左が掘り出されたもの。右が昭和8年建立のもの

舞坂宿北雁木

名古屋市緑区の桶狭間古戦場公園の織田信長と今川義元の仲良くの像。

舞坂宿北雁木

桶狭間古戦場公園からさらに南へ、戦評の松。日陰でバスを待っている人がいてびっくり。

舞坂宿北雁木

名古屋の市バスのわかりやすいバス停。桶狭間寺というのは長福寺のこと

舞坂宿北雁木

豊明の古戦場公園桶狭間古戦場伝説地から旧道へ

舞坂宿北雁木

かわいい家

舞坂宿北雁木

間の宿有松。昔ながらの街並みが残る

舞坂宿北雁木

有松・鳴海絞会館(右)

舞坂宿北雁木

有松。井桁屋(服部家)

舞坂宿北雁木

有松。道の曲がり具合もすてきだ

舞坂宿北雁木

有松。薬局もかっこいい

舞坂宿北雁木

鳴海宿の東の入口。永代常夜灯

舞坂宿北雁木

国道沿いの交差点「母呂後」はほろごと読む

舞坂宿北雁木

ユニークな工場がある

舞坂宿北雁木

名鉄線鳴海駅は超近代的。このあたりは海だった

舞坂宿北雁木

鳴海宿、曲尺手。曲尺手の先に東の問屋場跡があった。

舞坂宿北雁木

高台にある成海神社

舞坂宿北雁木

笠寺一里塚。片側だけ残る。東海道は左側の道


笠寺。宮本武蔵が滞在したという東光院の駐車場。出世神酒天満宮ののぼりがいっぱい


笠寺観音。


笠寺観音にある千鳥塚と宮本武蔵の碑


笠寺観音の東にある笠寺公園。第二次大戦時に置かれた高射砲の砲台跡が残る

舞坂宿北雁木

笠寺商店街


笠寺商店街にあるうどん屋さん

舞坂宿北雁木

呼続の東海道。北へ向かう

舞坂宿北雁木

清水稲荷神社のきつね

舞坂宿北雁木

富部神社。本殿は慶長年間建立の国重要文化財

舞坂宿北雁木

長楽寺の盲導犬サーブの碑


名鉄線桜駅

舞坂宿北雁木

呼続をどんどん北へ。金物屋さんの前を進む

舞坂宿北雁木

湯浴地蔵の御堂。前の道は鎌倉街道

舞坂宿北雁木

鎌倉街道を西へ白毫寺の年魚市形勝景碑。あいちの語源になった

舞坂宿北雁木

白毫寺近くのサンシティーあゆち

舞坂宿北雁木

山崎川を渡って県道222号に合流すると、道幅が広くなって旧道感が薄れる。

舞坂宿北雁木

東ノ宮神社の天皇御野立所碑。松田橋交差点のパチンコ店の裏にひっそりとある

舞坂宿北雁木

松田橋交差点。中央の緑の部分に昔の松田橋の親柱などがある

舞坂宿北雁木

パロマ本社。ネオンがガスっぽい

舞坂宿北雁木

熱田橋

舞坂宿北雁木

林朋彦さんの『東海道中床屋ぞめき』の床屋さんを見つけた。JR熱田駅近く

舞坂宿北雁木

裁断橋と姥堂。都々逸発祥の地碑もある

舞坂宿北雁木

徳川家康幽居跡地。6歳の頃、加藤図書助の元に預けられた。

舞坂宿北雁木

近くには図書公園もある

舞坂宿北雁木

ほうろく地蔵。ここで七里の渡し方面と渡しに乗らない佐屋街道に分かれる。

舞坂宿北雁木

国道を歩道橋で越えると右手にひつまぶしのあつた蓬莱軒。人が並んでいる。

舞坂宿北雁木

ひつまぶしは、あつた蓬莱軒の商標登録

舞坂宿北雁木

渡し方面に向かっていくと喫茶上高地熱田店がある

舞坂宿北雁木

熱田神宮の信長塀。桶狭間の戦いの戦勝の御礼に寄進した

舞坂宿北雁木

熱田神宮の西の誓願寺に、源頼朝生誕地碑。

舞坂宿北雁木

七里の渡しすぐそばの熱田荘。昔、魚半という料亭だった。

舞坂宿北雁木

熱田七里の渡し場跡

舞坂宿北雁木

金山駅近くの道標。名古屋城方面と佐屋街道に分岐する

舞坂宿北雁木

七里の渡し桑名側。伊勢国一の鳥居

舞坂宿北雁木

この鳥居は2014年に式年遷宮を経た伊勢神宮の鳥居を移したもの。写真のように曳いてきた。

舞坂宿北雁木

渡し場付近のばん龍櫓

舞坂宿北雁木

渡し場北東にある六華苑。2代目諸戸清六の邸宅としてジョサイア・コンドルが設計した

舞坂宿北雁木

庭では、結婚写真の撮影が行われていた

舞坂宿北雁木

堤防工事に関わった薩摩藩士の墓所がある海蔵寺

舞坂宿北雁木

九華公園は、桑名城跡。公園の前に城主だった本多忠勝像がある。

舞坂宿北雁木

お堀が残り、桑名城時代の石垣が残っている。

舞坂宿北雁木

九華公園では、名古屋場所に出ていた峰崎部屋のおすもうさんが稽古をしていました

舞坂宿北雁木

公園内は堀がたくさん残っています
舞坂宿北雁木

九華公園の隣には柿安本社があります。

舞坂宿北雁木

石垣が多く残る町のせいか、内堀公園の滑り台は大胆な石垣づかいです

舞坂宿北雁木

春日神社の鳥居。鋳物の町桑名の自慢の鳥居です。左には迷子の伝言板の標石(しるべいし)があります

舞坂宿北雁木

春日神社境内の玉垣には諸戸清六の名前。

舞坂宿北雁木

春日神社そばのとらや饅頭

舞坂宿北雁木

桑名の鋳物のマンホール。蛤がかわいい

舞坂宿北雁木

桑名といえば蛤


桑名港。海側にはまぐりプラザがある。


赤須賀神明社。桑名でも古い神社


石取会館。もとは銀行だった。日本一やかましい祭といわれる石取り祭の展示会館。国指定有形文化財


石取り祭の祭車が展示されている


8月に行われる石取り祭りは、祭車を引き回す。電線に柱がひっかからないように注意を促すため、このようなフサフサが町中にぶらさがっていた。


石取会館の向かいのマルマンではアイス饅頭を売っている


桑名市博物館前の道標。矢田立場付近にあったものという


すごいインパクトのいもや本店。ここで東海道は曲がる。よい目印。


長円寺の11代住職魯縞庵義道は、桑名千羽鶴の考案者。


桑名銀座。八間通沿い


寺町通り。三八市(3と8のつく日)の日は賑やか


矢田立場跡。


長良川河口堰