2016年 7月 25日 月曜日

仁木一郎著・写真


市場の風景
(いちばのふうけい)

市場は、その土地の鏡である。
これまで、カメラを片手に世界のおよそ20カ国で100を優に超える市場へ出かけたが、「絵になる市場」というのは、案外少ない。当たることが少ないからこそ、出会えた時のときめきも、またひとしおである。この本を手に取って、ファインダーを覗き込んだ僕の気持ちの高揚を感じ取っていただければ、望外の喜びである。

本書は、生命科学誌「ミクロスコピア」に15年にわたり連載されたものをまとめました。

A5変型判(182×182ミリ)上製本 136頁 
オールカラー
定価:2400円+税
2008年2月17日発行
ISBN978-4-938643-31-7 C0072

 

市場の風景

見知らぬ土地を訪れた時、僕はその町の市場を歩く。
この20年ほど、それが自分の習性のようになっている。
市場には、その土地ならではの産物があり、
その町に染み付いたにおいがあり、
そこに住む人たちの暮らしがある。

掲載書評→こちら(08/10/3更新)



著者紹介
仁木一郎(にき・いちろう)

<略歴>
愛知県岩倉市出身。名古屋大学医学部、名古屋大学大学院を卒業後、英国オックスフォード大学に留学。長寿科学振興財団リサーチレジデント、名古屋大学医学部助教授などを経て、現在、大分大学医学部教授。専門は薬理学・糖尿病学。
※2011年末、仁木先生はご逝去されました。ご冥福をお祈り申し上げます。


本書の目次

まえがき

         ※( )内は、撮影地・国名となっております
市場の中の解剖学(オックスフォード・イギリス)
イスタンブールのキュウリ屋(イスタンブール・トルコ)
正統派欧州風八百屋(ナポリ・イタリア)
受難の七面鳥(オックスフォード・イギリス)
小鳥の教則本(ブラッセル・ベルギー)
カタツムリ屋の不思議(レオン・スペイン)
マルセイユの朝市(マルセイユ・フランス)
マドリッドの街角で(マドリッド・スペイン)
豪雪の小樽から(小樽・日本)
音楽の都で(ウィーン・オーストリア)
野菜のパレット(リスボン・ポルトガル)
プロヴァンスのニンニク売り(マルセイユ・フランス)
包丁捌き(リスボン・ポルトガル)
八百屋のパリ風展示(パリ・フランス)
百貨店方式(コルドバ・スペイン)
人気の鹿肉(オックスフォード・イギリス)
まっぷたつ(ニース・フランス)
喧騒の市場で(ローマ・イタリア)
生ハムのラインダンス(バルセロナ・スペイン)
スパイスの山脈(ニース・フランス)
一粒選り(ニース・フランス)
ミモザに埋もれて(ニース・フランス)
バルセロナで(バルセロナ・スペイン)
グラン・プラスの花市(ブラッセル・ベルギー)
東欧の古都から(グダニスク・ポーランド)
市場もテロの標的に(エルサレム・イスラエル)
スイカ屋(エルサレム・イスラエル)
イスラエルのワイン(エルサレム・イスラエル)
聖地の屠殺街(エルサレム・イスラエル)
春遠からじ(秋田・日本)
狂牛病のふるさとでは(オックスフォード・イギリス)
子供を市場に連れてって(オックスフォード・イギリス)
ゲイムの季節 (オックスフォード・イギリス)
春がきた!(ニース・フランス)
涙の道のイチジク売り(エルサレム・イスラエル)
名古屋の市場で朝食を(名古屋・日本)
リヤカー部隊(福岡・日本)
イタリアの突っきん棒(ナポリ・イタリア)
イカなのにfish?(福岡・日本)
水揚げのまぶしさ(ムロス・スペイン)
百万円の手話(下関・日本)
看板の迫力(オックスフォード・イギリス)
同じ市場に来ることは(バルセロナ・スペイン)
剣の舞(日出・日本)
ビジュアル系市場(下関・日本)
ソーセージ屋とはいうけれど(オックスフォード・イギリス)
魚市場の華はマグロ(徳島・日本)
死都の魚屋は(ブルージュ・ベルギー)
お鍋の季節です(小倉・日本)
市場の中の披露宴(オックスフォード・イギリス)
週末は蚤の市(コペンハーゲン・デンマーク)
カバードマーケット(プリマス・イギリス)
指で味わうマグロ(那覇・日本)
ベニスの魚屋(ベニス・イタリア)
サンフランシスコのチャイナタウン(サンフランシスコ・米国)
初めて見た競り(床波・日本)
市場歩きを始めた頃(仙崎・日本)
瓜たちよ!( 南京・中国)
ダチョウあります(サンフランシスコ・米国)
市場も生きている(オックスフォード・イギリス)

収載写真一覧表

あとがき


 まえがき

 市場は、その土地の鏡である。

 見知らぬ土地を訪れた時、僕はその町の市場を歩く。この二十年ほど、それが自分の習性のようになっている。市場にはその土地ならではの産物があり、その町に染み付いたにおいがあり、そこに住む人たちの暮らしがある。

 普段は大学で働いている。市場に出かけるためだけに休暇を取ることはほとんどなく、たいていは学会や講演の合間に市場の門をくぐる。魚市場や卸売市場は開くのが早いから、うんと早起きして会の始まる前に行ってくる。お買い物のための市場は昼下がりがピークになるから、学会を失礼してこっそり抜け出すこともある。

 市場巡り、というのは、思いのほかに準備と忍耐が必要なものである。観光ガイドでは市場についてあまり紹介されないので、場所を探すにも住民用の地図を手に入れなければならない。
「ここから何分かかる?」「開くのはいつ?」など、その土地の言葉で一応は覚えてゆく。それでも、市場の開いている時間がわからないことはよくある。
 きちんと決められているはずの営業時間だが、知っている人は少ない。夜が明ける前の競りの時間ともなれば、なおさらである。中には自由に入れない市場もある。様子がわからないときには、あたりのカフェで気配をうかがう。いつ開くかと思って待っているうちに、そのまま引け時になってしまうことだってある。いつのまにか場内が暗くなり、中から清掃車が出てくるのを、冷めたコーヒーを口の中で転がしながら眺めるのはちょっとさみしいものだ。

 これまで、カメラを片手に世界のおよそ二十カ国で百を優に超える市場へ出かけたが、「絵になる市場」というのは、案外少ない。当たることが少ないからこそ、出会えた時のときめきも、またひとしおである。この本を手に取って、ファインダーを覗き込んだ僕の気持ちの高揚を感じ取っていただければ、望外の喜びである。


   二〇〇八年 年初
   仁木一郎

このページのトップへ


風人社トップ